2月の淡く雪の積もる山麓に、夕陽に染まったあかね雲が低く垂れ込めている。
展覧会場をあとにしながら、私は「おまえはおまえの踊りを踊ればいいんだよ」という江戸アケミ(1980年代に活動した伝説的バンドじゃがたらのボーカル)の言葉を思い出していた。
時代も場所も異なれど、1970年を前後して長野の諏訪に集ったアーティストたちがいた。彼らは真剣に、あるいはがむしゃらに──諏訪の地に漂う性と死の匂いを本能的に嗅ぎとりながら──無我夢中になってそれぞれの“自分の踊り”を踊っていたのではないか、そう思えてならなかった。
結果として何か明確なものが残ったわけではないかもしれない。しかし、共鳴するように自然発生的に集まってきた彼らが表現し、目指そうとした場所とは一体どのようなものだったのだろうか。
過ぎ去り消えてしまった活動そのものを、再び目にすることことは叶わない。しかし幸いにして私たちは、その“踊り”の軌跡をいまもって紙というメディアから辿っていくことができる。
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伊那市の長野県伊那文化会館で「かみ派の美術―諏訪につどった前衛たち 1969−1974」(2026年1月31日~3月1日)が開催中だ。伊那市は諏訪湖からみて南西に位置する人口6万5000人ほどの小都市で、近年は自然の豊かさや独創的な教育環境などから移住先としても人気なのだという。
今回東京から向かった私は、投宿する下諏訪まで新宿から高速バスでおよそ3時間かけて移動し、さらに下諏訪から伊那へは友人ナワさんの車に同乗させてもらい1時間ほどで到着した。私は下諏訪に宿をとったのでこのような移動となったが、新宿から伊那方面へも直行バスが出ているようだ。
到着してみると、長野県伊那文化会館は想像していたよりも大きく堅牢な建物で驚いたが、それもそのはずで、美術展示スペース以外にもコンサートホールやプラネタリウムなどを備えた南信州エリアの文化複合施設として機能している。
展覧会のサブタイトルにある、かみ派の「かみ」とは紙(paper)のことだ。当時諏訪に集ったアーティストたちが自らそう名乗ったわけではない。その呼称は、我々がいま振り返って彼らの活動を辿ることができるのが主に紙というメディア、記録媒体であったことに起因しているという。
今回の展覧会では、「かみ派」の活動の実態を写真やポスター、書簡、原稿、道具といった付随する資料から浮き彫りにするように構成されている。主に登場するアーティストを少し長くなるが、以下に紹介する。
松澤宥、安部ビート、あさいますお、池⽥⿓雄、春原敏之、杉村俊明、⾦⼦昭⼆、⻘⽊靖恭、⽔上旬、藤原和通、⽥中孝道、芦澤泰偉、河津紘、栗⼭邦正、宿沢育夫、古沢宅、小林起⼀、パーリニバーナ・パーリヤーヤ体/赤土類、辻村和⼦、鈴⽊裕⼦、⽥中三蔵、ヨシダ・ヨシエ、劇団夜行館、林三從、斎藤俊徳…



