その松澤宥が掲げる観念芸術や非物質的なアプローチの延長線上に「かみ派」が誕生したと捉えるのは自然な流れだが、今回の展示では、松澤以外の個々のアーティストにもフォーカスしつつ、集団としての動きを捉えようとする意欲的な展示であった。
「歴史的に今まで集団としての美術というのはなかったと思う」とも前出の芦澤泰偉氏は語っている。そして今回の会場に実際に足を運んでみると、各々のアーティストの際立つ個性──彼らはただ集まったのではなく、フォロワーでもなく──それぞれが“自分の踊りを踊る”一人のアーティストとして独立していたということが分かるだろう。
下諏訪に戻り一泊した私は、友人ナワさんの案内で、今回の展覧会にも登場する⻘⽊靖恭(1919-2010)の旧アトリエを訪ねた。⻘⽊靖恭は下諏訪町を拠点に詩人あるいは画家として活動した人物で、松澤宥と同じ高校に勤める同僚でもあった。
半地下にあるアトリエに足を踏み入れると、思わず息をのんだ。そこには映画『鹿の國』に登場した御室(かつて存在した神事が執り行われる竪穴式の穴倉)を彷彿とさせるような空間が拡がっており、諏訪という土地に脈々と受け継がれるDNAを強く感じる場所だった。
そして観念芸術家・松澤宥のアトリエであった通称“プサイの部屋”へ。ここが松澤の観念芸術が誕生した場所であり、虚空間状況探知センターであり、「かみ派」へも繋がっていく場所であり、多くのアーティストや批評家が訪れ対話が交わされた場所……。
かつてプサイの部屋には、松澤が製作・収集した数多のオブジェや絵画、雑誌などが半世紀近くの年月をかけて地層のように積み重なっていたという。しかし現在それらは保護のために別の場所に移され保管されている。
がらんどうになった奥行きのあるプサイの部屋に足を踏み入れると、薄明かりのなか「あなたにはここに何が見えますか?」わたしはそう問われているような気がした。もしかすると“プサイの部屋” それ自体が、松澤宥が生涯をかけて作り上げたひとつの作品なのだろうか?
そう、空(くう)になった“プサイの部屋”はいまもって観念として機能している──松澤宥がいなくなった今でも──例えいつかこの空間がなくなったとしても、もしかするとあるいは。
連載:装幀・デザインの現場から見える風景
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