「あなたの会社の存在価値は何か」——そう問われて、即座に答えられる経営者はどれほどいるだろうか。「交流創造事業」を事業ドメインとして取り組むJTBは2026年1月、新たに長期ビジョン「OPEN FRONTIER 2035」を発表。その答えが凝縮した。この長期ビジョンにおいて、JTBはこれまで培ってきた「交流創造事業」のさらなる進化と発展を目指す。その真意とは何か。JTB代表取締役社長 山北栄二郎にカクシンCEOの田尻望が問う、交流創造における感動づくり。
「不要不急」と言われた日、何を問い直したのか
田尻 望(以下、田尻):JTBさまが今年1月に発表された新たな長期ビジョン「OPEN FRONTIER 2035」。そこで掲げられていた「感動と幸せで人々を満たす"新"交流時代のフロンティア企業」というありたい姿には強く感銘を受けました。
私自身、カクシンが社会に発信する掲げるメッセージとして「感動こそ価値の源泉」と掲げていますが、業界大手のJTBさまがコロナ禍という未曾有の危機を経て、「感動」を掲げ、なぜ「交流創造事業」へと舵を切られたのでしょうか。
山北栄二郎(以下、山北):「感動は価値の源泉」という考えは、私たちも全く同じ考えです。JTBでは以前から「感動のそばにいつも」というブランドスローガンを掲げ、お客様が感動する瞬間に寄り添いたいという思いで事業を展開してきました。
しかし、コロナ禍はその根幹を揺るがす出来事でした。旅行は「不要不急」と断じられ、私たちが114年の歴史で築き上げてきた「旅をすることの価値」が、社会に十分に理解されていなかったという事実に直面しました。私たちは改めて「我々の存在価値は何か」という問いに原点回帰することになったのです。
そもそも私たちは単に旅を販売する会社ではなく、様々な形の交流を創造し、その先にあるお客様の目的に寄り添ってきたはずなのです。旅行者それぞれ目的は多岐にわたり、それらは皆一様に不要不急ではないはずです。
例えば、健康になるためであったり、学びを得るためであったり、あるいは様々な感動体験を求める思いが、人々を旅へと駆り立てます。企業が社員を旅に出させるケースも同様です。旅を通じてエンゲージメントを高めたり、お客様との関係性を深めたり、新たな事業開発のアイデアを得たりと、そこには多様な目的が存在します。
こうした目的のさらに奥深くを考えると、旅とは「旅先で生まれる出来事」そのものです。コロナ禍で旅行販売の宣伝をした際、「こんな時になぜ旅行を売るのか」という社会からの批判もありましたが、それは「旅行を売っている瞬間」しか見ていない捉え方だったと言えます。私たちは、旅を「旅先での多様な体験」と捉え直したとき、114年の積み重ねのなかで、旅先にいるステークホルダーの皆さまと関係を築き続け、この旅先で価値を創造してきたという事実を再認識しました。
交流創造事業では、この「旅先での価値創造」にもっと目を向けていきたいと考えています。事業の軸足を「旅先の価値づくり」へと大きくシフトしていく。こうした流れの中で、これまでの私たちの仕事を「交流創造事業」として再定義したのです。
田尻:「存在価値を問い直す」というのは、言葉では簡単ですが、売上が蒸発した状態で実行するのはまったく別次元の話です。
多くの企業が危機時にコストカットに走る中で、原点に戻って価値を再定義するという選択をしたことの重みを感じます。私自身コロナ禍において、サポートしていたホテル様の売上が95%ダウンになった時、考えうるすべての対策を終わらせた後、クライアントから「次は何をすればいいですか?」と聞かれた時、「私の契約を切ってください」と言った無念さと悔しさは今でも覚えています。
これは自分の「存在価値を見出せなかった」瞬間でした。だからこそ、山北社長がおっしゃる原点回帰の決断の重さが身に沁みます。
そうした背景が、今回のビジョンに結実しているのですね。ビジョンの策定はどのようなプロセスを辿ったのですか。
山北:新ビジョンの「OPEN FRONTIER 2035」は、2025年初頭から約1年かけて、全社員参加型のプロジェクトで紡ぎ出された言葉です。私たちは、自社特設サイトで意見を募ったり、若手社員20名によるディスカッション、さらには経営陣やジュ、ニアボードも交えた整理を行うなど、長いプロセスを経てこのビジョンを書き上げました。その対話の中で生まれたのが「フロンティア」というキーワードです。これは、自らの手でまだ見ぬ「交流の価値」を切り拓いていこうとする、全社員の強い志が込められた言葉です。
交流創造を進めるためのソリューション
田尻:では、移動や手配という従来の旅行業の枠組みを超え、それを具体的にどのようなビジネスの形に落とし込まれているのでしょうか。
山北:移動は人間の根源的な本能です。人類の歴史は移動の歴史そのものであり、民族学では人間の本質を「ホモ・モビリタス」(ラテン語で『移動するヒト』の意味)と、捉えることもあります。
こうした人間の特性を深く洞察した結果、旅をする人々、そして旅先に暮らす人々の双方に向けた「ツーリズム」という事業領域を、再構築する必要性を感じました。例えば、宿泊施設を例に挙げれば、単にプロモーションを強化するだけでは不十分です。予約システム、モビリティ、さらには滞在中のあらゆる体験に至るまで、すべてをトータルでデザインし、提供していくことが極めて重要だと考えています。
田尻:「エリアソリューション」は、これまでの旅行代理店としての機能からさらに踏み込んだ価値提供となりそうですね。具体的にはどのような取り組みをなされているのでしょうか。
山北:そうですね。「エリアソリューション」では、旅の送り出しだけでなく、受け入れ先である地域の課題に直接向き合います。例えば、地域によっては観光客の集中により地域住民の生活に支障が生じたり、観光資源が損なわれたりする「オーバーツーリズム」の問題が顕在化しています。
ただ、住民の方々は観光客を拒んでいるわけではありません。彼らが避けたいのは、交通渋滞などで自分たちの日常生活が脅かされることです。こうした課題解決のため、私たちはテクノロジーを活用した「予約システム」の導入などを積極的に進めました。具体的には、熊本の「鍋ヶ滝」など、比較的小規模ながらも人が集中しやすいスポットにシステムを導入しました。その結果、時間帯の分散化により渋滞が緩和され、観光客の満足度向上と、地域の持続可能性の両立を実現しています。
田尻:人を旅に送り出すだけではなく、地域の持続可能性を設計する側へ回った。ここがまさに、これまでの旅行業にはなかったフロンティアたる領域ですね。そして私が思うにこれこそが、JTBさんが介在しなければ生まれ得なかった付加価値です。この予約システム導入は、一見するとテクノロジーの話に見えます。しかし本質は違う。渋滞を解消し、観光地を保全し、住民の暮らしを守りながら、訪問者の体験品質も上げている。これは「原価を積み上げた価値」ではなく、JTBが介在することで初めて生まれた「付加価値」です。この違いを認識し、認識させることができるかどうかで、収益構造を変えることができると思います
山北:その通りです。ビジネスソリューションにおいても同様の観点から取り組んでいます。例えば、企業の報奨旅行を単に「行って楽しかった」で終わらせるのではなく、旅行前からモチベーションを高めるムードづくりを行い、事後のフォローアップを通じてビジネス・パフォーマンスの向上に繋がる仕組みを組み込んでいます。
こうしたソリューションの基盤となっているのは、「グローカル」の視点です。我々のステークホルダーは世界中に存在しますから、グローバルに蓄積された知見を日本の各地域に応用していきます。このプロセスにおいて、JTBがもつ国内47都道府県の拠点ネットワークが最大限にいかされるのです。
AIとともに「インテリジェンス」を導出する
田尻:JTBさんはAIを用いた情報基盤の構築や、これまでツアーガイドの方がもっていた暗黙知を透明化・体系化して形式知にするなど、DXも積極的に進めています。そのなかで、あえて「リアルな交流」という定量化しづらい価値を戦略の核に置いたのはなぜでしょう?
山北:私たちの仕事はあくまでも「人のための仕事」です。人々の心を平和で豊かにすることが目的である以上、人が介在しないビジネスではあってはならないというのが前提にあります。
しかし、AIの時代において、その活用は不可欠です。だからこそ、基盤にはデータとその活用環境をしっかりと整備します。これまで個人の知識だけでは不可能だったことが、データを活用することで無限の掛け合わせを生み出し、新たなインサイトが生まれる可能性があるからです。
その上で、最終的に重要なのは「人がどう感じるか」という点です。AIはアドバイスや提案をしてくれますが、実際に旅をするかどうかを決めるのは人間です。また、旅の体験を共有したいと思うのも、AIに対してではなくて、やはり人に対してでしょう。
田尻:情報の取得や知識の提供においても、現地でAIに聞くこともできますし実際に情報を取れますが、やはりそれでは臨場感に欠けますね。
山北:その通りです。優れたガイドは、お客さまの表情や気分を細やかに汲み取り、その背景を理解した上で語りかけます。これはAIには難しい領域です。例えば、ヨーロッパの歴史を解説することは機械でもできますが、日本からのお客様に対して「日本で江戸時代だった頃に、こちらではこのような出来事があり、日本との関係はこうでした」といった背景を組み込んで語れるのが優秀なガイドと言えるでしょう。こうしたエンターテインメント性は、人間でなければ生み出せない価値です。
ですから、私たちはすべてをAIで完結させようとは考えていません。むしろ、AIの力を活用してデータを分析し、新たなインサイトを創出し、それを人間の豊かな経験値と掛け合わせたいと考えています。私たちは「エクスパーティーズ(専門性)」と「インサイト(洞察力)」を組み合わせ、高度な知性へと昇華させた「交流創造Intelligence(インテリジェンス)」を構築し、新たな高みを目指していきます。
山北:2024年から始動した「20年先の小豆島をつくるプロジェクト」は観光DXを活用した事例です。
小豆島では人口減少や二次交通の脆弱性、DXの遅れなど観光地としての継続の危機に直面しています。このような「日本の縮図」と言える小豆島の20年先の未来を見据え、「観光」を基盤とした持続可能な産業を作っていくことを目的に、自治体やさまざまな事業者とともに始動したプロジェクトです。
具体的には、IoT搭載シェアサイクルによる二次交通の課題解決と観光マーケティングへの活用や、船頭不足を解消するためのAI自動運転ボートの実証など、テクノロジーを用いた地域の課題解決を目指し、自治体や共創パートナーと協働しながら島全体の変革を推進しています。
ほかにも、現在は沖縄や広島、長野など全国各地に重点地域を定め、旅をする人だけでなく、住民の方々も豊かになるような価値提供を目指しています。
田尻:誰と組むかによってこれだけの差が出るわけですね。JTBさんが世界中の成功事例をもち込むことで、地域は普通の観光地になるのを免れ、価値を最大化できる。現在定められている重点地域だけでも、関わる社員の方々や影響を受ける地域の人々といった関係人口は何万人にも及ぶはず。こうした交流創造事業がもたらすのは経済効果だけでなく、地域の持続可能性や住民の考え方にも大きな影響を与えるはずです。
観光の本質は「地元愛」である
山北:観光の本質は「地元愛」です。地元をいかに正しく、そして魅力的に伝えるかという想い、地域住民のシビックプライドこそが観光を支える原動力です。
人口減少や施設の老朽化が進み、観光地としての魅力が失われつつあった地域において、新しい名所の開発、古き魅力の再発見、デジタル活用による効率化、付加価値化などにより、活気を取り戻した地域に再び多くの人々が訪れるようになる。地元住民の皆さんの活力につながり、住民の方々が再び地元を誇らしく感じられるようになった事例も見てきました。このプロセスにおいては、インフラ整備などを通じて、旅を現実的に実現可能なものにしていくことが重要です。
また、JTBでは各地域に「観光開発プロデューサー」を配置し、行政やDMO(観光地域づくり法人)と連携して地元の魅力を引き出す起点としています。ほかにも、今年1月にはアソビシステムと合弁会社「アソビJTB」を設立しました。これは、日本の各地に「kawaii文化」を根付かせ、地元で誇れるものを創り出す流れを加速させることを目的としています。さらに、ふるさと納税の産品開発なども手掛けています。これは、返礼品という物流を通じて、人々の心がその地域に思いを寄せる状態を創り出すための挑戦でもあります。
田尻:「地元愛」という言葉は、そのままあらゆる事業に通じる本質ですね。自分たちが提供しているものの価値を、心から誇れるかどうか。
日々の仕事をされていると、JTB様にとってはいつも通りの仕事なので、これが価値になっているというふうに気づかれない方々もいらっしゃると思うんです。今日お話しされた内容、実はほぼ全てJTB様が介在しなければなかった価値です。この記事をJTBの社員のみなさまにも読んでいただけたら嬉しい。みなさまがやっていることは素晴らしいことであり、ぜひそれを誇りに感じていただきたいと思います。
膨大な旅行データや知的財産(IP)、そして現場の声を吸い上げて地域共創でマーケットイン型のツアーを組めることは、JTBさんが介在しなければ生まれ得なかった唯一無二の付加価値にほかなりません。この記事をJTBさまの社員さんが読んでいただきたいですし、自社を誇りに感じていただきたいと思うのです。
「旅は平和に貢献する」。社長自身の志
田尻:最後にお聞きしたいのが、「なぜこの事業をやらなきゃいけないのか」というご自身の志の根底の部分です。
私が大変尊敬している、ある会社の海外事業担当の取締役の方がこうおっしゃっていたんです。「僕たちは世界一にならなきゃいけない」と。「なりたい」ではなく「ならなきゃいけない」。なぜかと言うと、「そうじゃないと世界が救われないから」と。JTBさんにもそうした「やらなきゃいけない」理由があるのではないでしょうか。
山北:今回、私たちが再定義した「交流創造事業」が対象とするのは人だけにとどまりません。自然、社会、情報、物といったあらゆる交流の流れを捉え、平和で心豊かな社会の実現に貢献することを目指しています。
旅には「旅マエ」「旅ナカ」「旅アト」というフェーズがあり、そのすべてに心の領域が貫いて流れています。旅行に行く前のワクワク感や、「旅先でどんなことをしようか」「どんな目的を達成しようか」と考えたりする時間そのものが、とても貴重な時間です。私たちは、そうした時間にどう寄り添い、サポートできるかを常に考えています。旅には必ずリスクが伴います。コロナ禍もそうでしたが、旅に出れば感染症にかかる可能性も、紛争に巻き込まれたり事故に遭ったりする可能性もゼロではありません。
では、人間がじっとしていることが安全かといえば、決してそうではありません。じっとしていれば健康を害するかもしれませんし、新たな学びがなければ脳の発達も停滞するでしょう。「可愛い子には旅をさせろ」という言葉があるように、旅は人間の成長に大きくつながります。だからこそ、できるだけ多くの人に旅をして、人と交流してほしい。そして、それを支えるためには、旅に伴うリスクを最大限に取り除く必要があります。私たちはそのようなビジネスを展開しなければならないと考えています。
もともと、ツーリズムはそれ自体がボーダレスなものです。「地球を舞台に、人々の交流を創造し、平和で心豊かな社会の実現に貢献する。」これこそが、私たちの経営理念です。旅を通じた相互理解は、平和への貢献に直結します。デジタル化が進む現代だからこそ、臨場感のある感動を届けられる「人間の介在する価値」が、より一層重要になると確信しています。
田尻:平和で心豊かに成長するためには、そうしなきゃいけないんだと。全社員の方々がその思いを持って旅行を勧められたら、みんな旅行に行きたくならざるを得ないですし、そんな会社に支えられたいと思う企業様が絶対に増えると思います。
山北:人の心は国籍や国境を超え、感動を通じてつながることができます。人の心が深くつながり合える世界こそが「交流創造」であり、私たちはそんな世界観を築き上げていきたいのです。
田尻:私自身「感動で世界を一つにする」という考えを持っています。分断するのではなく、一つになることによって価値はたくさん生まれていく。企業の中でも同じで、営業と開発、様々な部門が分断されている組織は付加価値を創造できない。今日のお話をお聞きして、JTBさまがさらに伸びられることを確信いたしました。
全社員の方々が誇りを持って、世界中の方々に価値提供するというフロンティアになっていただけたら嬉しいですし、日本がさらに伸びていくためには、グローバルの方々との交流が必須です。その最前線にいらっしゃるのがJTBさまです。どんどん誇りを持って、業界を率いていただけたらと思います。
やまきた・えいじろう◎JTB代表取締役社長。1987年、早稲田大学卒業後、日本交通公社(現JTB)入社。本社経営企画室等を経て、旅行事業本部グローバル戦略担当部長、JTB欧州代表、常務執行役員などを歴任。ツムラーレ・コーポレーション社長、トラベルプラザ・ヨーロッパ社長、クオニイ・トラベル・インベストメント会長など経営のトップを務め、海外戦略推進に携わる。2020年6月より現職。
たじり・のぞむ◎カクシン 代表取締役CEO。 2008年に大阪大学卒業後、キーエンス入社。コンサルティングエンジニアとして重要顧客を担当し、大手システム会社の業務システム構築支援をはじめ、年30社に及ぶシステム制作サポートを手がける。独立後はカクシンを立ち上げ、年商1000万円から1兆円規模の企業まで、企業の高収益化、構造改革のコンサルティングを行う。著書に『付加価値のつくりかた』(かんき出版)、『構造が成果を創る』(中央経済社)など。



