大澤:その答えとなる議論をアメリカのダニエル・デネットという哲学者が行っています。道具として関わるときと、仲間として関わるときで、頭の使い方が全く違うということがわかっています。
例えばガラケーとスマホの違いを例とするなら、ガラケーからスマホに乗り換えるときは道具として関わるため、使い方を覚えなおすのに苦労したはずです。ところが、電話がかかってくると、スマホでもガラケーでも「もしもし?」と自然に話し始められます。
実は電話を受けたときはガラケーでもスマホでも、電話をかけてきた相手の気持ち、あるいは心のようなものを想定しながら関わっています。そのため、頭の中も道具を使うモードから仲間と関わるモードに変わっているということがわかっています。
その前提を踏まえて、「ロボットさん、ロボットさんゲーム」は何だったのかと言えば、みなさんは人間同士で関わるときは心と心のやり取りになるので、僕の気持ちを読み取っていたということになります。
人と関わるときは心を読み取ろうとするから、「ロボットさん、ロボットさん」という掛け声がなければ指示を聞いてはいけないというルールを守るよりも、「この人はどうしてほしいんだろう」と僕の意図を無意識に読み取ってしまい、立ち上がってしまったというわけです。

髙比良:わかります。お願いされていると思ったから、立ち上がっちゃいましたね。そもそもゲームはまだ始まっていないと考えていましたから。
大澤:実は、そのゲームは始まっていないと考えてしまうのも、後からの解釈だったりしますから奥は深いんです。
これは現代のAIにも当てはまっていて、AIも道具として扱われる場合と仲間として扱われる場合があります。例えば同じChatGPTでも、仕事の処理を任せて道具として関わる人もいれば、愚痴を聞いてもらう仲間として関わる人もいます。
心が通じ合うというのも、正しく言葉が伝わるかどうかではなく、相手が何を言いたいかという意図がわかることが重要です。その意図に基づいた関わり方をAIやロボットができるようになると、仲間やパートナー、親友として、ドラえもんのような存在がつくれるようになるのではないかと。
髙比良:なるほど。
大澤:最近になって世界中で、ChatGPTに心がわかるかというテストをしてみた結果、どうも人間の意図は読めないという論文が報告されてきています。ただ、そこに心を通じ合わせるための研究結果を組み入れることで、今までよりも心が通じ合うAIになってきています。それが僕らの研究ですね。
髙比良:心を通じ合わせるために、多くの情報を入れようとしてきたけれど、実は情報量よりも意図を汲むというスタンスにこそ重要な要素があったと。人間には感性があるからこそですね。



