しかし、こうしたリスクはいずれも、高齢者がとりわけデジタル環境を使いこなす能力に欠けているということを意味しない。問題の根源は年齢そのものではなく、プラットフォームの設計、ライフステージ、使用形態の相互作用にある。構造的な脆弱性への認識が、高齢者を受動的な被害者として描いてしまうことにつながってはならない。
リスクにおける主体性
問題の多いソーシャルメディア利用パターンは心理的負担を生み、より悪影響を受けやすい高齢ユーザーに害を及ぼす可能性があるが、高齢ユーザーとテクノロジーをめぐる過保護な対応や、すべての高齢者を等しく脆弱だとみなす前提には異議を唱える姿勢が肝心だ。スマートフォン利用に関する2024年の研究論文では、この「両刃の剣」の実態を明らかにしている。集中的な使用が高齢者の脳に常に害を及ぼすという仮定に反し、ユーザーがデバイスに能動的に関わることで認知機能の低下を軽減する効果がみられたというのだ。
この研究結果は、スマートフォンの使用頻度そのものが有害となるわけではなく、エンゲージメント(どれだけ積極的に関与しているか)の質が重要であることを示唆している。したがって、ソーシャルメディアを自ら設定した目的に沿って(たとえばコミュニケーションや学習のために)積極的に利用する場合は認知機能をサポートする効果が期待できるが、強迫的な利用はストレスや幻想振動症候群の原因となるのである。
また、誤情報と情報過多を区別することも大切であり、高齢者にはこれを主体的に区別・管理する能力があると研究論文は強調している。情報過多は、フィルタリングが不十分な状態であまりにもたくさんの情報が一気に押し寄せることによる認知機能と注意力に対する挑戦であり、誤情報は人を欺くように設計されたコンテンツによって引き起こされる、信頼できる情報を得るための認識上の試練である。
いわゆる「通知疲れ」に悩む高齢者と、虚偽の健康情報を共有するような高齢者とでは、必要な支援が異なる。両者を一括りにしてしまえば、どちらにも十分に対処できない画一的なデジタルリテラシー介入しか行えない。


