18年に五輪王者となったザギトワは、金メダル獲得からわずか1年で引退した。18歳にして、ザギトワは既に後れを取っていた。トゥトベリゼの最近の教え子たちは皆4回転ジャンプを跳んでいたが、ザギトワは3回転「しか」跳べなかったのだ。同年の銀メダリスト、メドベジェワは慢性的な腰痛のため競技から去った。
14年のソチ冬季五輪の団体戦で金メダルを獲得したリプニツカヤは、負傷と摂食障害との長期にわたる闘いの末、19歳で引退。19年世界選手権銀メダリストのエリザベト・トゥルシンバエワは、世界選手権で女子初となる4回転ジャンプを成功させたが、慢性的な背中の負傷により現役から退いた。20年に世界ジュニア選手権で銀メダルを獲得したダリヤ・ウサチョワは、負傷によりわずか16歳で引退した。
国際スケート連盟(ISU)は20年、トゥトベリゼを連盟の「最優秀コーチ」として表彰した。当時のISUはトゥトベリゼを「才能あるコーチ」と評し、「今シーズン、選手たちに多大な力を与えてきた」と称賛した。
物議を醸す過酷な指導法
「トゥトベリゼの賞味期限」を巡る批判は、選手の栄養失調や過度の練習、若年層の身体への操作を指摘する。トゥトベリゼが指導した五輪メダリストの選手は全員10代だった。22年北京冬季五輪の「4回転3人組」であるワリエワ、アンナ・シェルバコワ、アレクサンドラ・トルソワは、いずれも驚異的なジャンプ力を持つ10代の若者だった。
1980年に五輪を制した英国のロビン・カズンズは2022年、「あの種の回転を可能にしているのは、少女たちの身体だ」と解説した。トゥトベリゼが指導するトレーニングには、思春期前の身体を可能な限り効率的に維持し最適化することが含まれていた。
メドベジェワは、競技会に向けた準備で可能な限り「乾いた」軽い状態である必要があると語った。ザギトワは、思春期は「太ること」と同義であり、フィギュアスケートを続行する能力を失うことから、非公式な「終焉(しゅうえん)の鐘」と表現した。
トゥトベリゼの教え子たちは、競技前と競技中に「水を飲むことができない」と報告している。14年の報告によれば、トゥトベリゼは選手に「粉末栄養剤」のみを摂取させるか、更年期を誘発することが知られているホルモン療法剤「リュープリン」を投与することで、思春期の到来の遅延を図っていたとされる。
世界の注目を集めたドーピング疑惑
当時15歳だったワリエワが、22年の北京冬季五輪直前に禁止薬物の陽性反応を示した際、フィギュアスケート界は全く驚かなかった。これについて、カナダのフィギュアスケートコーチ、ロマン・アグノーはこう語った。「ワリエワの名前が挙がった時、人々が驚かなかったとは言わないが、こうしたうわさは長年このスポーツ界でささやかれてきたと言っておこう」
泣き崩れる15歳の少女の映像が世界中のメディアをにぎわせ、ワリエワの五輪の夢は4年間の競技出場停止処分へと変わった。トゥトベリゼはワリエワの無実を主張したが、ワリエワは恐らくキャリアの終焉という形で代償を支払うことになるだろう。


