サイエンス

2026.02.25 18:00

ヒトの眼に「たった一つの光子」を検出できる可能性 視覚の限界点を生物学者が解説

Shutterstock.com

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研究者たちは数十年にわたり、ヒトの視覚が薄明下でどこまで機能し、どこから完全に無力になるのかという問題に取り組んできた。この問いの核心にあるのは、光の最小単位である光子(フォトン)だ。

よく知られた事実として、網膜にある桿体細胞は、理論上、たった一つの光子さえあれば、生化学的連鎖反応をスタートさせることができる。本当に重要なのは、この連鎖反応が実際に脳に届き、知覚を生み出すのかどうかだ。現代の量子光学と心理物理学(psychophysics)の発展により、研究者たちはついに答えに肉薄しつつある。

2016年に学術誌『Nature Communications』に掲載された論文で、研究チームは、単一の光子を発する光源と、高度な視覚実験手法を組み合わせた。その結果、ヒトには、単一光子を検出する能力が偶然以上の精度で存在すると結論づけた。

この研究結果が、感覚系と神経活動のノイズに関する私たちの知見をどのように押し広げたのかについて、以下で解説していこう。

ヒトの視覚の量子的限界

視覚の感受性は、最も基礎的なレベルにおいて、物理学の問題だ。網膜にある桿体細胞の内部には、光を吸収する分子があり、これが単一の光子に刺激されると連鎖反応が生じる。この連鎖反応は、途中で神経インパルスに変換され、最終的に私たちの「見える」という知覚に至る。

古典生理学における確立された知見として、網膜の桿体細胞が単一光子に反応し得ることは、単離された細胞の電気生理学的記録に裏づけられている。だが、ペトリ皿のなかの細胞ではなく、一人の人間が、たった一つの光子からなる光を意識的に「見る」ことができるかどうかは、証明がはるかに難しい。実験的に検証するとなれば、なおさらだ。

これは何よりも、技術的な課題だった。つい最近まで、どんな研究者も、たった一つの光子を安定して実験協力者の眼に届けることができなかったのだ。

従来の光源のほとんど(極めて微弱なレーザーなど)は、発する光子の数が定まらなかった。つまり、発される光子は、ゼロから、1つ、2つ、あるいはそれ以上のどれか、というように、定まっていなかったのだ。そのため、実験協力者の眼にいくつの光子が届いたかを確定させることができなかった。この不確実性により、初期の実験のほとんどは曖昧な結果に終わっていた。

転換点となった2016年の論文で、研究チームは最先端の量子光学と心理物理学を応用し、ヒトの視覚における絶対的限界の検証に挑んだ。

彼らは、従来の光源ではなく、「自発的パラメトリック下方変換(Spontaneous parametric down-conversion:SPDC)」と呼ばれる原理を応用した量子光源を用いた。簡単に言えばこれは、2つで1組の光子を安定して放出する手法だ。これによりチームは、単一の光子だけが協力者の眼に届いたことを確実に記録できた。

1組の光子のうち片方を検出できれば、もう片方は協力者に提示されたと判断できるため、刺激に関する不確実性を排除することに、ようやく成功したのだ。

実験協力者は、真っ暗な部屋のなかで固視点を見つめるよう指示された。1回の試行は、2つの短い時間枠から構成されていた。片方の時間枠では単一の光子が提示され、もう片方は暗闇のままだった。協力者は、どちらの時間枠に刺激が提示されたかを2択で回答した。このような二肢強制選択(2AFC)は、心理物理学実験において標準的な手法であり、当てずっぽうやバイアスの影響を最小限に抑えることができる。

3万回以上の試行を重ねた結果、協力者が単一光子が存在した方の時間枠を選んで正解した平均確率は、約51.6%だった。50%をほんの少し上回っただけだが、それでも統計的には偶然以上の確率だ。さらに、協力者が「選択に確信がある」とした回答だけを分析した場合、正答率は大幅に高まった。

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翻訳=的場知之/ガリレオ

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