数字の裏にある“3つの構造課題”
日本はなぜこの巨大な商機を取りこぼしているのか。永谷はその根源に、3つの構造的な課題があると指摘する。
1つめの課題は、圧倒的な「体験コンテンツ」の不足だ。旅のトレンドは、「モノ消費」から「コト消費」、さらにその場でしか味わえない「トキ消費」へと移行している。訪日客は、かつての「爆買い」ブームが一巡した今、歴史ある寺での坐禅や、湧き水が流れる渓流でのカヌーなど、その土地ならではの文化や自然に根付いた深い体験を求めている。
しかし、迎える側は「見るだけ」の観光から抜け出せていない。観光庁のデータによれば、日本の観光消費に占める「体験」の割合は、わずか5%程度にとどまっている(欧米は約20%)という。その要因は、個人旅行者が8〜9割を占める時代にありながら、彼らの旅の動線で「体験」が申し込めないからだ。
「かつての団体旅行なら、大手旅行会社がツアーに体験を組み込んでくれました。しかし今の市場は個人手配が主流で、移動手段もホテルも旅行者自らが選び、体験も自分で探してネットで予約。ところが日本は、担い手不足やデジタル予約への対応の遅れもあり、その『体験』の受け皿が乏しい状況です」
その結果、観光客はその土地の表層のみに触れて帰ってしまうため、リピーターにもならず、持続的な収益にも結びついていない。
2つめの課題は、自国の文化資本に対する「安売り」だ。日本の場合、神社仏閣など歴史的建造物や保護エリアに対する拝観料や入場料が「適正な値付けができておらず、安すぎる」と永谷はいう。

例えば、世界遺産である清水寺の拝観料は500円、厳島神社は300円(いずれも大人料金)。それに比べて、フランスのエトワール凱旋門は3000~4000円 (16ユーロまたは22ユーロ、季節変動制)、ウェストミンスター寺院(イギリス)は約5200円 (25ポンド)、タージ・マハル(インド)は約2000円(1100~1300インドルピー、地元住民は約50ルピーで約84円)だ。世界の主要観光地と比べると確かに安い。外国人向け価格設定の議論もあるが、日本では公平性の観点から慎重論が根強い。
「地域の人からすれば日常の風景でも、外から来る人にとっては唯一無二の価値を持ちます。しかし、『地元民の感覚』で安すぎる値段がつけられてしまう。あるいは、『観光でお金儲けすべきではない』という“清貧思想”が、適正な価格設定を阻むケースも少なくありません。安価な価格設定はオーバーツーリズムを助長し、結果として地域の疲弊を招いています。地域住民とインバウンドなど2重価格設定するなどを推奨していくべきだと思います」
そして3つめの課題が、観光行政の構造的な課題だ。10以上の自治体の観光マーケティングやブランディングを手掛けてきた永谷が痛感しているのは、行政の仕組みが、継続的で効果的な観光戦略を描きにくくしている側面があるという。


