オオカミの群れは、追跡を続け、獲物と仲間に対する位置を継続的に調整することで、個体が持つ制約(スタミナや視線、リーチなど)を補い合うことができる。それぞれが労力と情報の両面で寄与し、獲物を仕留める好機が生まれるまで、チームとして狩りを続けられるのだ。
対してライオンは、待ち伏せ型の捕食者であり、身を隠して突発的なスピードで獲物の不意を突く戦術に頼る傾向がある。そうした戦術は、草が密に生える草原では効果が高いものの、ライオンの狩りの成功は、地形や一瞬のチャンス、各メンバーの積極的な関与の程度に大きく左右される──個々のおそるべき強さにもかかわらず。
オオカミは本当に、ライオンよりも優れたハンターなのか?
ということはつまり、オオカミは根本的に、ライオンよりもチームでの狩りに長けているということだろうか? その答えは、行動生態学のレンズを通して見ると、イエスやノーで答えられるほど単純ではない。
オオカミが進化させてきた狩りの戦略は、ダイナミックに協調しあう全体に、個々の行動を一貫して組みこむというものだ。その成功は、群れの規模と、戦術の柔軟性に応じて決まる傾向がある。最近の研究手法では、参加に関するとても「単純な」ルールでさえ、非常に洗練された結果を生み出し得ることが示されつつある。
一方のライオンは、強力で有能な捕食者であり、ライオンの集団での狩り行動は、完全に同調したチームというよりはむしろ、日和見主義者(チャンスをうかがう者)たちの連合体のようにはたらくこともある。
忘れてはいけない重要な点は、協調的な狩りが、進化を通じて持続するのは、全員が相互に利益を得られる場合に限られることだ。つまり、この議論の重要な論点は、協調的な狩りが機能しているかどうかではない。どちらの種にしても、協調的な狩りが機能しているのは間違いない。ライオンでもオオカミでも、単独で狩りをするよりグループで狩りをする方が、個々の成功率ははるかに高くなる。
だが、両者で異なるのは、各メンバーがどれくらい確実に寄与するかという点だ。ライオンの方が、「関与のムラ」に対して寛容で、なかには全面的に関与せずに狩りの報酬にありつく個体もいる。対するオオカミの群れは、メンバー全員の一貫した労力に依存する傾向が強い。
この違いは、協力が報われるかどうかではなく、労力と報酬がどれくらい均等に分配されるかという点に関わっている。そしてそのバランスは、ライオンの群れよりもオオカミの群れの方が一貫している傾向がある。
だからといって、ライオンの威厳が損なわれるわけではまったくない。ライオンの行動は、自然界のチームワークというものは、我々がドキュメンタリー番組から想像するものとはかならずしも一致するわけではないということを思い出させてくれる。一方、オオカミの狩りにおける調和は、全員が共有するルールと、周囲に適応する協調の累積効果から生まれている。


