約5115億円を投じた高級オフィスタワー「ザ・ヘンダーソン」など、中環の大型開発を推進
総額33億ドル(約5115億円)を投じた高級オフィスタワー「ザ・ヘンダーソン」は、リー家にとって香港の金融中心部で20年ぶりとなる超大型開発だ。兄弟は2017年、マレー・ロード沿いの用地を30億ドル(約4650億円)で取得し、当時、商業用地としては1平方メートル当たりの取引額で世界最高を記録したと報じられた。しかし、2024年6月にビルが開業した当初、香港の不動産市場は過去10年で最悪の低迷期にあった。それでも、市況に回復の兆しが見える現在、タワーの入居率は90%に達している。米投資大手のカーライル、ゼネラル・アトランティック、ポイント72などがテナントとして入居し、兄弟の大胆な決断が正しかったことを裏付けている。
約1.3兆円を投じるセントラル・ヤーズで複合開発を計画
「不動産市場には常に波があるため、底値で買うのは難しい。だが、物件自体に価値があると確信できれば、踏み出すしかない」と、プロジェクトを統括した弟マーティンは語る。リー兄弟は、同じ考えのもと2021年、ビクトリア・ハーバー沿いの用地を65億ドル(約1兆円)で落札した。香港政府の入札で過去最高額となったこの土地には、「セントラル・ヤーズ」と呼ばれる複合開発を計画している。兄弟は、このプロジェクトに総額81億ドル(約1.3兆円)を投じ、約14万平方メートルの高級オフィス・商業スペースに加え、1100席の劇場や一般に開放される複数の緑地を整備する計画だ。第1期は来年に開業予定で、2032年の全面完成を目指す。
この2つの巨大プロジェクトによって、ヘンダーソン・ランドは香港の商業中心地・中環での存在感を一段と高めている。同社は、長年この地区を支配してきた大地主の香港ランド(ケスウィック家が支配するジャーディン・マセソン傘下の不動産会社)、香港一の富豪・李嘉誠が率いるCKアセット・ホールディングスに匹敵する存在になろうとしている。
ヘンダーソン・ランドが取得した用地は割高だったとの指摘もアナリストからは上がっている。この2つの用地は、いずれも1996年以来、中環で初めて市場に出た大規模商業用地だったためだ。しかしマーティンは、その懸念を否定する。アジア有数の金融ハブの中心に位置する中環は、大企業にとっては魅力的な立地だ。香港の不動産コンサルティング会社JLL香港は、12月の報告書で、香港のIPO市場の回復を背景に金融機関からの需要が強まり、中環の高級オフィス賃料は2026年、最大5%上昇すると予測した。12月時点の中環の空室率は11%で、市全体の14%を下回った。パンデミック前には、この地区の空室率は1桁前半にとどまっていたとJLLは指摘している。
しかし、香港政府のデータによれば、香港の高級オフィス価格は2018年のピークから53%下落し、賃料も2019年の高値から25%下落している。JLLによると、銀行が商業用不動産向け融資への慎重姿勢を崩していないことから、2026年には中環のグレードAオフィス価格が最大5%下落する可能性があるという。
クオンツ取引大手ジェーン・ストリートとの間で、中環において過去数十年で最大規模となるオフィス賃貸契約を成立
一方ヘンダーソン・ランドは、中環において、床面積で過去数十年で最大規模となるオフィス賃貸契約を成立させたと主張している。ニューヨークに本社を置くクオンツ取引大手ジェーン・ストリートは、2028年1月から、ヘンダーソンが第1期開発で整備するオフィス部分の70%にあたる2万700平方メートル超を事前賃借し、同じく中環にある香港ランドのチャーター・ハウスから移転する予定だ。
JPモルガンは、2025年6月のリポートで、割引やインセンティブを差し引いたジェーン・ストリートの実質月額賃料が1平方メートル当たり1184香港ドル(約2万円)になると試算していた。これは2025年3月時点の中環の平均を49%上回る水準だ。「テナントを呼び込むために大幅な値引きをしたわけではない」とマーティンは強調する。「確保した賃料はいずれも、市場水準として十分に高い水準だった」
JLL香港の会長ジョセフ・ツァンは、ヘンダーソンの2つのプロジェクトについて「まさに唯一無二の存在だ」と評価する。彼は、「大規模なフロアプレートを含む優れた内装や環境性能の高さが競合を上回っている」とし、こうした要素は近年、大企業がますます重視していると述べている。CKアセットはコメント要請に回答せず、香港ランドもコメントを控えた。
マーティンは、彼らの目標が、「テナント中心のビルを作ることだ」と説明する。例えば高層ビルのザ・ヘンダーソンには、入居企業が大型美術品を地上階から建物の外側を使って直接上階へ搬入できるよう、特別なホイスト用の吊り上げポイントが設けられている。2024年に同ビルにアジア本部を開設した高級オークションハウスのクリスティーズも、その設備を活用している。「天井が高く、柱のないフロア設計と柔軟なレイアウトにより、美術館レベルの展示を実現できる」と、クリスティーズのアジア太平洋地域社長ラフル・カダキアはメールで述べた。「中環では、こうした利便性や洗練性、そして特別感を兼ね備えた物件はめったにない」と彼は付け加えた。
約570億円の基礎利益を確保したものの、業績は厳しい状況が続く
不動産市場の先行きには明るさが見え始めているものの、ヘンダーソン・ランドの業績はなお厳しい状況が続いている。2025年上半期の基礎利益(不動産の再評価益を除く)は30億香港ドル(約570億円)と、前年同期比で44%減少した。前年の数字には、政府による土地収用に関連する一時的な25億香港ドル(約475億円)の利益が含まれており、それが水増し要因になっていたためだ。なお、香港の土地のほぼすべてはリース方式で保有されており、政府が土地を「収用」する場合にはリース保有者に補償が支払われる。
売上高も19%減の96億香港ドル(約1824億円)に落ち込んだ。不動産販売は19%減少し、賃貸収入も3%減少した。不動産販売と賃貸収入のいずれも、7割超を香港が占め、残りを中国本土が占めている。
一方で、投資家心理の改善を背景に主要不動産株が総じて上昇したことを受け、同社の株価は前年比で40%超上昇している(2026年1月下旬現在)。
安定した継続収入を得ることで、堅固な財務基盤を維持
「ヘンダーソン・ランドの財務基盤は堅固だ」と、香港の証券会社CLSAでリサーチアナリストを務めるアルビン・ファンは指摘する。その理由として彼は、同社が賃貸ポートフォリオから安定した継続収入を得ている点を挙げる。また、リー家から低利の資金を調達できることも強みだという。6月時点で純有利子負債は670億香港ドル(約1.3兆円)強にとどまり、負債比率は21%だった。これは主要競合5社の平均である22%と比べても低い水準だ。
シンガポールのCGSインターナショナル証券で香港不動産調査部門の責任者を務めた経歴を持つ独立系アナリスト、レイモンド・チェンは、「ザ・ヘンダーソン」と「セントラル・ヤーズ」の完成により、ヘンダーソン・ランドの賃貸収入は2032年までに40〜50%増加する可能性があると考えている。
不動産市場の低迷が続く中国本土では、事業の縮小に着手
リー兄弟は香港・中環での開発には強気だが、4年にわたる不動産市場の低迷が続く中国本土についてはより慎重な姿勢を取っている。本土事業を統括する兄ピーターは、2013年の時点で現地デベロッパーの過剰なレバレッジに警戒感を抱き、事業の縮小に着手したという。その結果、過去12年間で本土の土地保有面積を80%以上圧縮し、2025年6月30日現在の帰属床面積(AFA)は230万平方メートルまで縮小した(同日時点で香港に保有する開発用地は、AFAで210万平方メートル、農地が390万平方メートルだった)。
「本土の無秩序な成長の時代は終わった。今は市場が供給を消化するのに長い時間が必要だ」とピーターは語る。その期間は政府の政策と実行状況次第だが、少なくとも5年はかかると見ている。


