では、ジュエ氏は無事、権力基盤を構築できるだろうか。金正日総書記の場合、金日成総合大学の在学中に入党、その8年後の1969年には党中枢部署とされる組織指導部の部長に就任した。さらにその3年後の72年、「後継者争いのライバル」と目されていた叔父の金英柱元組織指導部長の追い落としに成功した。このころには、党や政府、軍に幅広く、金正日氏を支持する勢力ができあがっていた。
ジュエ氏が最速で権力の階段を駆け上がる場合、今から5年後に入党し、そこから数年かけて党の要職に就く必要がある。常識的に考えて、あと10余年はかかるはずだ。金正恩氏は現在42歳。通常で考えれば、まだまだ壮健だろう。そこまで持ちこたえれば、ジュエ氏が次の最高指導者になるはずだ。
ただ、前述したように金正恩氏は健康不安を抱えている。また、北朝鮮は最近、ロシアや中国からの経済支援があるにもかかわらず、コメの値段が1年前の約3倍に上昇し、北朝鮮ウォンの価値も下落が続いている。これは、独裁の維持に不安を抱いた金正恩氏が経済システムの独占を狙って、市場や流通ルートの縮小・閉鎖を続けている結果だとみられる。北朝鮮は取り締まりを続けているが、韓国ドラマなど外国文化の流入も続いている。北朝鮮当局は、金正恩バッジや金正恩氏を称える歌など、偶像化を進めているが、あまりうまくいっていないようだ。体制が硬直化すると、金正恩氏を支える「赤い貴族たち」が「神輿のすげ替え」を考えるようになるかもしれない。
その場合、出てくるのが金与正氏だろう。金日成氏の血筋である「白頭山血統」で、現在公職に就いているのは金正恩氏と金与正氏の2人しかいない。金与正氏は党宣伝扇動部副部長を務めているほか、外交や南北関係を担当しているため、工作機関なども配下に収めているとみられる。ジュエ氏が権力基盤を固めていないうちに、金正恩氏がいなくなれば、金与正氏の部下たちは、与正氏が次の最高指導者に就くように求めるだろう。それが自分たちの立身出世につながるからだ。韓国中央情報部(KCIA)で長く北朝鮮を分析した康仁徳元統一相も「将来、キム・ジュエ派と金与正派に分かれて党内抗争が起きる可能性もある」と語る。
金正恩氏にとり、金与正氏は、不遇な幼少期にお互いに励ましあった「愛する妹」だ。いくらキム・ジュエ氏を愛しているからといって、金与正氏を「キョッカジ(枝)」として排除することはできないだろう。金正恩氏は自分でも知らずに、混乱の芽を育てているのかもしれない。



