この知見が、市場の効率性と、株式投資のリターンに及ぼす意味
この論文は、市場が破綻していると主張しているわけではない。その主張はより具体的で、「市場は、新規の情報を処理することについては効率的だが、繰り返し発表される情報を処理することに関しては非効率的」ということだ。
この違いは重要だ。今日の市場で最大級の非効率は、無知から生まれているものではない。繰り返し提供される重複した情報を、裏付けと誤って解釈するところから生じているのだ。こうした問題は、繰り返されるメッセージを強さの証だと投資家が誤解した時に生まれる。
この論文が、投資家に対して伝える教訓は、「パターンをやみくもに追いかけよ」というものではない。むしろ、市場が同じストーリーに過度に傾倒している時や、知らず知らずのうちに期待が現実を追い越している時に、それと気づくことが肝心だと説いている。我々がいま目の当たりにしている、強いモメンタムによって株価が動く最近の状況を考えると、この教訓は特に大きな意味を持つ。
相関の無視がこれほどはびこる理由は、無知ではない。問題は、反復によって、投資家の自信が強化される点にある。四半期ごとに同じストーリーが展開されていると、投資家はその内容を信じるだけでなく、ストーリーと自分を一体化させてしまう。
投資の損失が誤った分析から生じるわけではないというテーマについては、筆者は以前にも記事を書いたことがある。損失の原因は、実際には、感情による強化にある。感情による強化とは、「見慣れていること」を「正しいもの」と勘違いしてしまう時に生じる。同じ説明を繰り返されると、人は焼き直しだとは思わず、積み重ねによって得られた「確信」という感覚を持ちがちだ。
これはまさに、今回のワクターによる研究が、市場レベルのパターンについて指摘している内容だ。サプライズのある決算内容が続々と発表されると、それぞれが相互に関連しているとしても、裏付けを得られたように感じられる。ストーリーは強化され、確信が高まる。ポジションは伸びる。そして反転の時期が訪れる頃までには、もはや新たな情報とは感じられず、裏切りのように感じられるようになる。
継続していたトレンドに陰りが出ることが、これほど不穏で、反転が暴力的に感じられるのはこれが理由だ。投資家がリスクにさらしているのは資本だけではない。リスクにさらされているのは、自らの信条なのだ。
M&Aなどの特殊な状況やスピンオフの際に、筆者はこうしたシナリオが展開されるのを何度も見てきた。初期のプレッシャーは、問題にされない。繰り返されるプレッシャーは合理化される。そして最終的には、過度な反復によって期待がしぼみ、良くも悪くもないニュースでさえも株価を支えられなくなる。
市場が修正局面に入るきっかけは、事実が変化することではない。信頼がついに現実を追い越した際に、それは発生するのだ。
株式投資のリターンに潜む密かな教訓
この話で最も重要なポイントは、株取引のルールではない。投資家が持つ価値観のシフトだ。
市場が失敗するのは、投資家がデータを見過ごすからだ。投資家が失敗するのは、データに遭遇する回数があまりに多いために、重複があることを忘れてしまうからだ。
株式投資のリターンはランダムではないが、魔法でもない。リターンは、反復される物事や信用、相互関連を、人間が処理する際の癖によって形作られている。この癖は特に、ドラマチックな出来事が何1つ起きていないように見える時に顕著になる。
特殊状況下での株価の展開をウォッチしてきた長年の経験から筆者が学んだのは、市場における最大級の過ちが、1回きりの出来事の解釈を誤ったために起きるのはまれだということだ。多くの場合は、繰り返し発されるメッセージの解釈を誤ったために起きている。同じストーリーが何度も展開されると、市場はその内容を過剰に信じるようになる。
株式投資のリターンに関していえば、まさにそこに、最大の過ちが潜んでいるのだ。


