株式投資のリターンが、洗練された市場すらミスリードする理由
これに対する自然な反論としては、「裁定取引」がこうしたパターンを解消するはずだというものがある。プロの投資家は、情報の相関を理解している。モデルも存在する。資本は豊富にある。だがそれでも、この効果はしつこく残る。
それはなぜかといえば、相関の無視が、個別データが集約されるレベルで働くという事実があるからだ。個々の企業は正しく分析されるかもしれないが、さまざまなシグナルが市場全体のレベルにまで到達すると、投資家は暗黙のうちに、マクロ需要や各業界のサイクル、シンクロするコスト圧力などの共通する要因をダブルカウントしてしまう。
今回の研究では、この効果が、より規模が大きく、互いの結び付きが強い業界において、より顕著になることが判明した。これはまさに、本来であれば多角的な分析が最もプラスに働くべき分野だ。データが集積されることで、誤りが相殺されることはなく、かえって増幅されてしまうのだ。この現象は、ダムマネー(愚かな投資)によって起きるわけではない。これは構造的なもので、筆者も過去にいくつかの記事でこの点を指摘してきた。
このメカニズムが裁定取引で解消しない理由
ここまでの議論から、「こうしたメカニズムが働いているなら、なぜ解消されないままなのか?」という疑問は当然生まれるだろう。この論文は、この疑問も正面から受け止めている。
その答えは、「そうした戦略からは実際にリターンを得られるが、摩擦がゼロというわけではない」という不穏なものだ。取引のタイミングが物を言う。反転の前には、株価がゆっくりと下落する。また、こうした取引では、最近成功したパターンと逆側に賭ける必要が生じることも多いが、これは、それまでの成功体験に逆らうことになるので難しい。
さらに重要なことに、その効果は散発的だ。この戦略が浮上するのは、決算のサプライズ要素が、時をおいて相互関連している場合のみだ。そのため、パッケージ化して売り込み、規模を拡大するのは難しい。
構造的な非効率は、その存在が認知されるだけで消え失せるわけではない。構造的な非効率は、これに乗じることにコストがかかり、不穏で、キャリアをリスクにさらす恐れがある場合にはしつこく残る。
筆者は、こうしたメカニズムが働く様子を、企業のスピンオフ時に繰り返し目撃してきた。ある会社が自社の事業部門を分社化した場合、発表当初の株価の反応は、後で振り返れば「当然の結果」に見える。しかし、実際に起きているのは繰り返しのパターンだ。
いつもと同様の強制売却や、株価指数対象銘柄からの除外、市場予想と大幅に異なる決算発表が、四半期ごとに絶えず繰り返される。そして、それぞれが新たな情報として扱われる。それぞれが、最後の情報と構造的に結びついているにもかかわらず。


