アート

2026.02.19 10:15

高級ブランド財団におけるコンテポラリーアートへの違和感

ゲルハルト・リヒター展(Photo by Luc Castel/Getty Images)

日々生きていくうえで一番難しいことのひとつは、目の前の他人とどう繋がるかですが、なぜ難しいかといえば、価値観や信念の違いが大小あれど必ずあるからです。他者と関わっていくには、よく話を聞き、相手を尊重し、交渉するという努力を常にし続ける必要があります。

advertisement

コンテンポラリーアートとは、いわば「同じ時代を生きる他人の価値観」のアウトプットのひとつであり、自分自身の価値観との違いが作品の中に「生きたまま」存在しているからこそ、それを理解すること、受け入れることが大変なのではないでしょうか。

非の打ち所がない高級ブランド財団のミュージアムに危惧を抱いたと安西さんは書かれていましたが、本当に良いコンテンポラリーアートの展示は、鑑賞後必ず「自分も意見を言いたくなる」はずです。共感にせよ、異論にせよ、目の前の世界を「自分は」どう感じているかを考えずにはいられなくなるはずです。

Torval Mork - stock.adobe.com
Torval Mork - stock.adobe.com

前述したメゾンエルメスとフォンダツィオーネ・プラダに好感を持っている理由は、私がそこで対峙する価値観の対話が「未完」であると感じられるからだと思います。

advertisement

それぞれの財団が、施設が立つ土地の歴史や文脈、そして招くコンテンポラリーアートの作家とともに、現在進行形で何かを探索している。だからこそ、そのスペースを出た後に持って帰るのは、「このスペースは素晴らしかった」という評価ではなく、「銀座は面白い」「ミラノは面白い」というような、場所性と結びついた動的で未来志向的な感想であり、先月の記事の安西さんの言葉を借りれば、鑑賞するわたしもその文化醸成の「助手席」に乗せてもらっている気がするのです。

私的に恒久性のある何かを残していける力や権威があるなら、「最適解」や「多数意見」ではなく、文句が出そうな価値観にこそ、揺るがない屋根と対話のテーブルを与え、その最前線に立って模索してほしい。そんな期待を抱いてやみません。

文=安西洋之(前半)・前澤知美(後半)

タグ:

連載

ポストラグジュアリー -360度の風景-

advertisement

ForbesBrandVoice

人気記事