━━実は、岩本には亡くなった叔父という、人生で欠かすことのできない大切な話し相手がいる。叔父は生前、視力を失った岩本を養子に迎えてサポートしたいと考えていたが、その願いを果たせぬまま他界したという。
その後、究極の場面を迎えるたびに岩本は「見えない叔父」と対話してきた。そして、叔父のメッセージが岩本を危機から救ってきたという。それは幻聴ではなく、自分を大切に思ってくれた存在との深い絆が生み出す、心の対話なのかもしれない。
岩本:初めて太平洋横断に挑戦したとき、鯨とぶつかる前日に嵐に遭いました。私の頭の中には、起こってもいない将来のことが次々に浮かびました。「この波が船を壊したらどうしよう」「マストが折れたらどうなるのだろう」。手は震え、歯がガタガタ鳴り始めました。
そのとき、亡くなった叔父が語りかけてきました。「お前はその船に『ありがとう』と言っているか」。ハッとしました。起きてもいないことを考えるのではなく、今この瞬間も、嵐のなか私たちの命を守ってくれているエオラス(注:船の名前)に感謝しよう。そう気持ちを切り替え「ありがとう」とつぶやいた瞬間、スーッと気持ちが落ち着きました。
「ありがとう」には3つのレベルがあります。多くの人が実践しているのは、いいことがあったときにする感謝です。これはレベル1。レベル2は、当たり前のことへの感謝です。今ここに生かされていること、飲み水があること、シャワーを浴びられることに感謝する。これができると、人生の質は大きく上がります。
最も難しいのがレベル3です。絶望したり、嫌なことが起こったりしたときにも「ありがとう」と言えるかどうか。普通、なかなか感謝しようとは思えませんよね。私も、鯨がエオラスにぶつかったときは「海はこんなに広いのに、なんで俺の船にぶつかるんだよ」と怒りの感情が湧きました。
でも、自分との対話を続けるなかで、「あのとき鯨がぶつかってくれたおかげで、その後の挑戦や太平洋横断成功の価値が100倍になった」と思えるようになりました。失敗と絶望がなければダボスには来ていないだろうし、こうして多くの方々とお会いすることもなかったでしょう。絶望の淵にいるからこそ感じられることや伝えられることがあるのだと、今は思います。



