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リーディングカンパニーとPwCコンサルティング
が語るこれからの経営課題

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人と技術が織りなすイノベーションで世界をもっと元気に ~KIRINがAI時代に掲げる企業像とは

石本雄一(以下、石本):キリングループが長期経営構想「KV2027」を2019年に掲げ、「世界のCSV先進企業」という非常に高い山に挑んで、約7年が経過しました。ヘルスサイエンス事業の立ち上げという大きな挑戦を含め、これまでの経営成果をどう総括されていますか?

南方健志(以下、南方):グループ各社への現場訪問と従業員との対話を重ねる中で「CSV先進企業」という大きな目標には、着実に向かってきている実感があります。ただ、世界の先進企業のレベルに到達しているかというと、まだまだやるべきことはありますが、そのなかでいちばんの成果は、ヘルスサイエンス事業をグループの第三の柱にするための体制が整い、社会価値と経済価値を両立するサイクルが回り始めたことです。しかし、その挑戦は決して順風満帆なものではありませんでした。

特に、2019年に子会社化した協和発酵バイオ社の品質逸脱問題は、同社のみならずグループにとって大きな痛みを伴う出来事でした。私は当時、協和発酵バイオ社の社長を務めていましたが、従業員と共に全ての課題に全力で対峙し、品質への取り組みをゼロから再構築したことで、結果として「品質本位」というキリングループのDNAをより強固なものへと磨き上げることができた。

当時を振り返るとまさに修羅場の経験でしたが、グループ各社から多くの人的支援を受けて迅速な対応が可能となり、この時ほどキリングループの底力を有難く思ったことはありません。失った信頼を戻すのは容易ではありませんが、この痛みがあったからこそ、「品質本位」「お客様・患者さん本位」の真の意味を一層深く理解しましたし、現在のヘルスサイエンス事業における事業基盤を確立することができたのです。

人と技術が織りなすイノベーションで世界をもっと元気に ~KIRINがAI時代に掲げる企業像とは

南方 健志 キリンホールディングス株式会社 代表取締役社長COO

石本:「KV2027」において、ファンケル社やオーストラリアの健康食品メーカー、ブラックモアズ社の買収など、非常にダイナミックな決定を下されました。こうした非連続な成長に向けたM&Aにおいて、単なるケイパビリティやルート・トゥ・マーケットの獲得に留めず、いかにグループ全体の能力へと昇華させるか、一貫して考えておられると感じています。

南方:私が常に意識しているのは、M&Aは決して単なる「数字の足し算」ではないということです。M&Aは「理念の共鳴」から始まらなければなりません。

例えば、ブラックモアズ社を訪れた際、創業者の「地球上のすべての人を自然の癒しの力と結びつける」という哲学が、従業員一人ひとりに深く浸透していることに感銘を受けました。我々の「発酵・バイオテクノロジーで社会に貢献する」という考え方と、深いところで共通していたのです。この「経営哲学の共感」があるからこそ、異なる文化をもつ組織が、アジア・パシフィック最大級のヘルスサイエンスカンパニーという高い目標に向かってひとつのチームになれる。経営トップ同士が腹を割って経営哲学を理解し合うプロセスは、PMI(経営統合)において何物にも代えがたいものだと考えます。

石本:まさにそこがポイントですね。トップ同士が哲学レベルで共鳴しているからこそ、現場の自律性を損なうことなく、グループガバナンスを実効性のある形で機能させることが可能になります。この理念と仕組みの合致が、キリングループの成長を支える源泉だと感じます。

人と技術が織りなすイノベーションで世界をもっと元気に ~KIRINがAI時代に掲げる企業像とは

石本雄一 PwCコンサルティング 執行役員パートナー

「Innovate 2035!」が指し示す、イノベーションの真義

石本:新たな長期経営構想「Innovate 2035!」では、「人と技術の力でイノベーションを起こし続けるCSV先進企業として、世界をもっと元気にする」というビジョンを掲げています。これを実現するためには、技術を単なる資本として保有するだけでなく、多様な人材がそれを活用し、社会の課題を解決へと変換する組織能力が問われることになると思います。

南方:まず今回、Innovate2035!ということでイノベーション創出をグループ全体のテーマとして掲げていますが、キリングループは創業当初からイノベーションにチャレンジしてきた企業だと強く認識しています。今回、長期経営構想を新たに掲げるにあたり、私たちが目指す「イノベーション」とは、単に新しい商品やサービスを出すことではなく、新しい生活習慣を生み出し社会に定着させることを指します。

キリングループには120年続く発酵・バイオテクノロジーがあります。今後は、AIによって個々の健康状態に合わせた最適な提案を行うなど、デジタルの力も積極的に取り入れる想定です。そして、こうした技術を「価値」に変えていくには、やはり人の力や感性が不可欠です。最終的に価値を生み出すのはAI時代とはいえどやはり人の力です。

例えば、免疫ケアについて。これを特別なことではなく、毎日の歯磨きのような当たり前の習慣にまで高めていきたいと考えます。そのためには、科学的なエビデンスと、生活者に寄り添うマーケティングや感性という人の力、この両輪が不可欠です。2035年に向けて、この相互作用をグループ全体で飛躍的に高めていくことが、私の最大のミッションだと考えています。

石本:“イノベーション”という言葉は多くの企業が経営アジェンダとして掲げますが、打ち出すだけで表層的にとどまってしまっているケースが散見されます。イノベーションが“点”ではなく“連続”して起こっている組織の条件は、”何のためのイノベーションかが明確であること”だと思います。また、個人の閃きに頼るのではなく、組織的な仕組みや風土として定着させています。そのための土壌づくりこそが、これからのキリングループの成長を左右する鍵になると言えますね。そのような動きの一環で、キリングループは今回、新たにグローバル共通の価値観・行動指針として「KIRIN WAY」を策定しました。どのような想いで「KIRIN WAY」を策定されたのでしょうか?

南方:AIの技術的進化をはじめとした事業環境変化のなかでも、全従業員に常に意識のなかに置いておいてほしい共通の価値観を3つ定め、それを日々どう行動に移すかを示す6つの行動基準を設定しています。我々はこれを「3+6(スリープラスシックス)」と呼んでいます。価値観のうち「お客様・患者さん本位」と「品質本位」は、創業時から変わらない根幹であり、今回そこに、これからの10年を見据えて「先駆」という言葉を加えました。

この背景には、「常に時代の先を行こう」という強い思いを持たねばならないという危機感があります。誰もやっていない面白いことに挑戦し、世の中を驚かせたいという、ワクワクした遊び心を常にもつ集団でありたい。それがあってこそ、新しい商品やサービスが生まれると考え、「先駆」を価値観のひとつに据えました。

6つの行動基準については、あえて今の従業員が必ずしも十分にできていないものを選びました。
それらを強みに変えていこうという挑戦的な姿勢で掲げており、「Go to ゲンバ(Gemba)」や「Leap Beyond(枠を越える)」はその一部です。現場には必ずヒントや課題があり、五感を駆使してそれらを拾い出そう、そして解決に向けて組織の壁を取り除いて他者を巻き込もう、という意図を込めています。

価値観や行動指針はトップが掲げるだけでは浸透しません。現場には必ずイノベーションの鉱脈が眠っている。私自身が「KIRIN WAY」のいちばんの体現者となり、そこかしこでイノベーションが起きる、活気溢れる組織文化を現場からつくっていきたいと考えています。

現場に自ら足を運び、課題を見つけ、解決までやり遂げること、勝ちにこだわる執着心。これこそが今のキリングループに必要なパッションです。この「KIRIN WAY」を表面的な理解にとどめず、リーダーとメンバーが互いを認め合うときや、ボトルネックを確認するときの共通言語にしていきたいのです。

石本:トップが自ら現場を回り、「KIRIN WAY」を体現しようとする姿勢は、組織に緊張感と同時に活気をもたらします。単なるスローガンではなく、トップ自ら率先して実践することで、リーダーとメンバー間に共通言語が生まれていく。その結果として、現場での意思決定の質やスピードも着実に変わっていくと思います。この「KIRIN WAY」により、キリングループの組織文化はさらなる進化を遂げると感じます。

酒類、飲料・ヘルスサイエンス、医 3本柱のシナジーを創出

石本:今後10年の事業ポートフォリオについては、どのような展開を想定されていますか?

南方:私たちは「酒類」「飲料・ヘルスサイエンス」「医」の3領域を、独立した事業としてではなく、互いにシナジーを生む三本柱として機能させたいと考えています。特にヘルスサイエンス事業については、2030年に事業利益300億円を目指すという具体的な旗を掲げています。また酒類事業も、R&Dの力を生かして価値創出に挑み、収益性を高めていくことが勝負になります。2035年には海外売上収益1,000億円を目指しています。グローバル・スペシャリティファーマを掲げる医薬事業もパテントクリフ(特許の壁)を乗り越えて持続的な成長を実現したいと考えています。
領域ごとの役割は異なりますが、これらすべての根底にあるのは「発酵・バイオテクノロジー」というコアコンピタンスです。これを通じて、世界に誇れるCSV先進企業として、その役割を全うしたいと考えています。

石本:3領域がバラバラに存在するのではなく、発酵・バイオテクノロジーのコアコンピタンスやCSV経営のうえに成り立っているのがキリングループの強みだと感じています。

経営とは「実行」あるのみ

石本:本日お話を伺って改めて感じたのは、キリングループの一貫性です。CSVを経営のど真ん中に置き、それに基づいて一貫した経営判断を下す。これができる企業は、非常に稀有です。ヘルスサイエンス事業の立ち上げ時に行った大きな決断も含め、持続的に企業を成長させなければならないという南方社長の強い意志が、すべての変革の起点になっていると言えます。

南方:結局、経営は「実行」に尽きます。どんなに立派なビジョンも、現場で形にならなければ意味がない。スピーディーに変化するこの先10年を生き残り、繁栄し続けるためには、この長期経営構想の「実行あるのみ」です。構想を日々の意識と行動に落とし込むのはこれからが本番となります。最終的に価値を生み出す「現場」が強くなれるよう、経営陣として徹底的にこだわっていきたいです。

石本:5年後、10年後に、キリングループがより一層イノベーティブな会社だと社会から思われるようになるのが非常に楽しみです。私たちPwCコンサルティングも、その意志を実行へと移すためのパートナーとして引き続き伴走し、理念にあるように「こころ豊かな社会づくり」に貢献できればと考えています。

人と技術が織りなすイノベーションで世界をもっと元気に ~KIRINがAI時代に掲げる企業像とは

みなかた・たけし◎
キリンホールディングス代表取締役社長COO。1961年、広島県生まれ。1984年東京大学農学部卒業後、キリンビール入社。ミャンマー・ブルワリー社長や協和発酵バイオ社長を経て、2020年にキリンホールディングス常務執行役員に就任。24年3月より現職。

いしもと・ゆういち◎
PwCコンサルティング合同会社 執行役員 パートナー。大手外資系IT企業を経て、現職。消費財・小売業界を中心に、ハイテク、エンタメ&メディア、通信、製薬、金融、商社など様々な業界の企業に対してコンサルティングサービスを提供。将来に向けた事業変革の構想策定から実行支援まで包括的なコンサルティングサービスを主に提供しており、中期経営計画策定、M&A・組織再編、海外市場参入、GTM(Go-to-market)改革などの案件に数多く関与している。

Promoted by PwCコンサルティング合同会社text by Sei Igarashiphotographs by Shuji Gotoedited by Akio Takashiro

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PwC コンサルティングはプロフェッショナルサービスファームとして、日本の未来を担いグローバルに活躍する企業と強固な信頼関係のもとで併走し、そのビジョンを共に描いている。本連載では、同社のプロフェッショナルが、未来創造に向けたイノベーションを進める企業のキーマンと対談し、それぞれの使命と存在意義について、そして望むべき未来とビジョンついて語り合う。