北米

2026.02.17 09:00

ガソリン価格が上昇する米国、1973年のオイルショック再来の可能性

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ほとんどの石油会社は、原油価格60ドル(約9000円)では採算がとれない。価格がこの水準にとどまれば、石油会社は廃業し、石油生産は急速に崩壊するだろう。しかし、依然として自動車を運転し、発電用に天然ガスをこれまで以上に使用しているため、それは起こり得ない。石油会社は掘削スケジュールを縮小する。なぜなら、この価格で新規生産を追加することは意味をなさないからだ。また、そもそもそうするための資金もないからだ。生産量は減少する。

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2022年の著書『Inflation: What It Is, Why It's Bad, and How to Fix It』で、ドルや他の通貨の価値を測る最良の(必ずしも完璧ではないが)指標は、金との交換レートであると述べた。過去100年間、通貨の価値が金に対して大幅に下落した時(つまり、金を買うのにより多くの通貨が必要になった時、または「金価格が上昇した」時)は常に、その後すぐに「貨幣的インフレーション」の兆候が噴出した。

これが1973年に起きたことだ。当時は、すべてが順調に進んでいるように見えたかもしれない。米連邦準備制度理事会(FRB)は、重大な「紙幣増刷」を行っていなかった。金利も異常に低くはなかった。しかし、ドルの価値は金に対して崩壊していた。ブレトンウッズ金本位制の時代の終わりである1970年には、金1オンスを買うのに35ドル(約5000円)が必要だった。1973年5月には、約100ドル(約1万5000円)かかった。金を買うのに約3倍のドルが必要になったのだ。つまり、ドルの価値は、金と比較して以前の価値の約3分の1になっていた。

このドル価値の下落に追いつくためだけに、石油価格は3倍にならなければならなかった。これはその後すぐに起こった──1973年のアラブ石油禁輸措置、オイルショックによって引き起こされた。

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OPECは1971年以来、石油の対価として受け取っているドルが金と比較して価値を失っていると不満を述べていた。おそらく彼らは、1973年の第四次中東戦争(ヨム・キプール戦争)を価格引き上げの口実として利用したのだろう。

確かなことは、石油価格はその後決して下落せず、1970年代後半のインフレの急増で再び急騰し、最終的に1980年には1バレルあたり40ドル(約6000円)に達したということだ。もしそれが単なる短期的な供給ショックの問題であり、貨幣的インフレーションがなかったのであれば、価格は後に1960年代の水準である1バレルあたり約3ドル(約460円)に戻っていたはずだ。

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