宇宙

2026.02.12 14:00

ゴッホ『星月夜』は、物理学最大の難問を予見していた作品なのか?

フィンセント・ファン・ゴッホの「星月夜」(Pixabay/CC0 Public Domain)

フィンセント・ファン・ゴッホの「星月夜」(Pixabay/CC0 Public Domain)

人生は芸術を模倣することがあるといわれる。これは通常、まるで小説や映画のように展開する出来事が現実の世界で起こることを意味する。だが、科学の話となると、芸術が現実(実物)を模倣することがあり得るだろうか。この疑問をめぐっては、乱流の流体力学と、意外なことに、オランダの画家フィンセント・ファン・ゴッホの代表作の1つ『星月夜』を研究している科学者の間で激しい論争が繰り広げられている。

この絵を目にすれば誰でも、月の光に照らされた夜空を描いたゴッホの表現の中心となっている、明るくカラフルで大きな渦巻き模様にすぐさま魅了されてしまう。もし自分の目で絵を見る機会に恵まれたなら、細長く伸びる光の弧に分厚く塗り重ねられた絵の具の塊がキャンバスから盛り上がっている様子を確認できる。この絵のダイナミズムに触れた美術評論家の多くは、制作していた当時のゴッホ自身が激情的で恐らく不安定な心理状態にあったことが作品に表れていると考えた。

だが、星月夜のダイナミズムが表現しているのは、はるかに驚くべきものだとする研究結果を、科学者チームが2024年に発表した。それは、現実の乱流運動の流体力学だというのだ。

科学では、流体は形を保持できない物質の状態として定義される。液体の水は流体であり、地球の大気を構成する気体も流体だ。流体力学は流体の動きを研究する学問だが、流体の運動は非常に複雑で、紙と鉛筆による数学的手法ではうまく記述できない場合が多いため、科学者は例えば橋を支える柱の周囲を水がどのように流れるかなどを解明するにはコンピューターに頼る必要がある。

流体力学で(そして恐らく科学の全分野で)最も難しい問題の1つが、いわゆる流体乱流の記述だ。沸騰している湯は乱流の好例の1つだが、他にも天候(と気候)を左右する大気流や海流などの様々な実例が多数存在する。乱流は攪拌、回転、旋回などの運動によって特徴づけられる。鍋の中で沸騰しているお湯を観察(するべきだ、見ものだから)したことがあるなら、そこで起きている現象を正確に記述するのがどんなに困難かは直感的にわかるだろう。乱流は、まさに混沌とした状態のように見える。

驚くべきことに、今から100年以上前から、科学者は乱流の特定の特性を比較的単純な数学的記述で表せることを明らかにしてきた。ゴッホの星月夜が関わってくるのは、ここのところだ。

フランスと中国の科学者チームが発表した2024年の論文では、ゴッホが渦巻きを描いた筆致のすべてを分析し、乱流で生じると期待される実際の流体の旋回運動を表す数学的関係式と比較した。研究チームの主張によると、ゴッホの筆致は現実の物理的な乱流現象から期待されるパターンと一致していた。まるでゴッホが、その数十年後に初めて明らかになる数理物理学をどういうわけか直感的に理解していたかのようだ。

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翻訳=河原稔

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