論文は多くのニュースで取り上げられ、私は米テレビ局のNBCから論文について話すように依頼された。論文を読んだ私は「この結果が正しいとされれば、それはかなりすごいことだ」と考え、NBCのインタビューの機会を利用して、どのようにして科学と芸術が重なり合う可能性があるか(私にとっての大きな問題)について話し合った。
だが、インタビューが放送された後、私の大学時代の恩師であるジェームズ・ライリーから連絡があった。ライリーは米ワシントン大学の教授で、流体力学の世界的な専門家だ。私が天体物理学的流体力学(星が爆発した場合などに宇宙空間で流体がどのように運動するか)分野の博士課程に進んだばかりの時、ライリー先生が私と共同研究を行い、基本事項の習得を支援することを引き受けてくれてとても幸運だった。先生は私がこれまで出会った中で最も聡明な科学者の1人だ。
ライリーはゴッホの研究を極めて懐疑的に見ていることを、私に明らかにした。彼にとって、この研究結果はどう考えても成り立たなかった。そして今からほんの数カ月前まで話を進めると、ライリーは共同研究者のモハメド・ガド・エル・ハクと2025年3月に発表した論文で、この懐疑的な主張を明確に実証した。ライリーにとって2024年の研究のアプローチは最初から不備のあるものだった。なぜならゴッホの星月夜に描かれている渦巻きの描写の大半は、流体を表してすらいないからだ。
ライリーは米紙ワシントン・ポストの取材に次のように語っている。「絵の左下の、糸杉の木の右手にある明るい円の領域は惑星の金星を描いたもので、乱流渦ではない。さらに、金星は大きな円盤流として描かれているが、実際の夜空では明るい光の小さな点として見える」
ゴッホと乱流を結びつけることを批判しているのは、ライリーとガド・エル・ハクの研究だけではない。この他にも、ゴッホの絵と現実の流体乱流との関連性を疑問視する新たな論文が発表され続けている。そのうちの1つの論文では、花瓶に生けた花のそばに座る女性を描いたフランスの印象派画家エドガー・ドガの絵画『女と菊の花(菊のある婦人像)』に対して、2024年の論文と同じ手法による分析を行っている。この分析でも、筆致のパターンと流体乱流に期待される特徴が酷似しているとの結果が得られた。今回の絵は言うまでもなく、乱流ではなくテーブルの上にある静物の花の束を描いたものだ。
ゴッホの頭の中で何が渦巻いていたとしても、それは流体や乱流運動の数理物理学とは無関係だったことの有力な証拠を、これらの新しい研究は提供している。今回の論争はまた、科学の美点と力を浮き彫りにしている。人が持っている見解は人によって様々、これは昔からの事実だ。だが、科学には議論を交わすための非常に独特な方法がある。この方法に従えば、あらゆる人々の見解を通して真実が最終的にはっきりと見えてくる。


