疫学専門家のカール・ジュノーが、モバイルアプリ「Dr. Muscle(ドクター・マッスル)」を立ち上げた時に掲げた目標は、エクササイズの科学に関する最新情報をユーザーに提供することだった。
2009年の創業以来、エクササイズに関する科学には進展があった一方で、同社のアプリを支えるコードは時代遅れになっていた。テック業界に明るい人材紹介業者からは、表面的な手直しではなく、抜本的にコードを書き換えるよう提案された。その場合、開発スタッフが5人必要になると見積もられていたという。
一人で起業し、少ない予算枠で事業を切り盛りしていたジュノーは、別のルートを選択した。AI(人工知能)プログラムの「Claude Code」を用いて、コードを書き換えることにしたのだ。
公衆衛生を専門としてキャリアを積んできたジュノーは、全員がフリーランスで構成されるチーム内の、品質保証を専門とするエンジニアの力を借りて、新装版アプリを世に送り出した。
今のところジュノーは、刷新されたアプリにとても満足していると述べ、「AIトレーナーをポケットに入れて持ち歩いているようなものだ」と語った。顧客たちも新しいアプリを気に入っている。ジュノーが2026年1月に新装版のアプリ「Dr. Muscle AI Personal Trainer」のベータ版をApp StoreとGoogle Playでリリースして以来、実際に試した人は1500人に上るという。事業の成長に向けて邁進するジュノーは、オリジナル版のアプリについては「Dr. Muscle Classic」と改名した。
「我々は、以前と比べ5~10倍のスピードで進むことができている」とジュノーは証言する。
ジュノーが採用したプロセスを使って、独力で事業を立ち上げる一人起業家が増えている。こうした起業家は限られた予算枠で、時間をかけず、より多くのタスクを達成する方法を探すなかで、事業運営に必要なあらゆるステップを精査し、こうしたタスクの一部を、一つひとつAIで置き換えることで効率化を図っている。
「AIのパラドックス」を抜け出すには
スイスのツークに拠点を置く研究者、エンギン・チャラールとベルント・ラップの両氏は、ジュノーのようなやり方を、ビジネスの未来を担うものと見ている。これは、たった一人で経営する事業が、ゆくゆくは10億ドル(約1550億円)企業となることも可能になる未来だ。
両氏は共同で、調査リポート「One-Person, Billion-Dollar Company: Rethinking the Org Chart.(一人経営の10億ドル企業:組織図の再考)」を執筆し、2025年8月に発表した。チャラールは、AIやブロックチェーン、トークン化といった分野を専門とする戦略アドバイザーだ。ラップは、Old School(オールド・スクール)社でAIおよび暗号製品の構築に関するコンサルタントを務めるとともに、Ethereum(イーサリアム)財団諮問委員会の創立時からのメンバーでもある。両氏は自らの研究成果のいくつかを、オールド・スクールの公式サイト内にある「Solo Unicorn Lab」というページで公開している。
両氏は先述のリポートで、今後4~9年のあいだに、一人起業家が「10億ドルのインパクト」を築き上げられるようになると予測している。「10億ドルのインパクト」の定義は、OpenAIを率いるサム・アルトマンが2023年に予測した「一人経営で評価額10億ドルの企業」という表現を踏まえており、年間の収益が10億ドルに達する企業という意味ではない(このリポートのPDFファイルは、こちらで入手できる)。



