多くの選手にとって、衣装代を支払うことは大きな経済的負担となっている。過去1年間でスポンサーから推定70万ドル(約1億1000万円)を集めたマリニンや、年間の合計収入が100万ドル(約1億5000万円)を超えるとみられるチョックとベーツなど少数の例外を除けば、選手は氷上でも氷外でも収入を得る機会が限られていることがほとんどだ。米ニューヨークに拠点を置くフィギュアスケート解説者のジャッキー・ウォンは「毎シーズン何百万ドルも、いや何十万ドルも稼いでいる選手たちの話ではない。しかも、かなり費用のかかるスポーツだ」と強調した。
一部の有名選手はデザイナーの宣伝と引き換えに衣装を受け取っているが、費用を節約する方法は他にもある。ドイツのペア、ミネルバファビエンヌ・ハゼとニキタ・ボロジンは、1980年代に東ドイツ代表として2度の五輪を制したカタリナ・ビットから資金援助を受けている。一方、2022年の北京冬季五輪で団体金メダルを獲得した米国のカレン・チェンは、キャリアの大半を母親が制作した衣装で滑っていた。その手作りの衣装にかかった費用は1着当たり1000~1500ドル(約15万~23万円)だったと報じられている。
もう1つの代替案として挙げられるのは、今回の五輪団体戦をけがで欠場し、個人戦への出場が期待されるカナダのディアナ・ステラトデュデクが大手ファッションブランド、オスカー・デラレンタがデザインした初の衣装をまとうことだ。大手企業がフィギュアスケート分野に参入するのはやや珍しい。特筆すべき例外は米国のデザイナー、ベラ・ウォンだ。ウォン自身、フィギュアスケート選手として1968年の五輪代表出場権をほぼ獲得するところまでいった経歴を持ち、デザイナーとしても、ナンシー・ケリガン、ミシェル・クワン、ネーサン・チェンといった米国の歴代の一流スケーターの衣装を手がけてきた。
このように、選手は多額の投資をしているため、競技から引退すると、自身の衣装をアイスショーやエキシビションで再利用しようと試みることが多い。場合によっては、他の選手に貸し出すこともあるかもしれない。例えば、リュウは2022年北京冬季五輪のエキシビションでスペインのアイスダンサー、オリビア・スマートから衣装を借りた。また、米国のアイスダンサー、エミリア・ジンガスは今年の全米選手権でグレンの衣装を使用した。「何度も貸し借りし、再利用を繰り返している」とウォンは言う。「フィギュアスケートの衣装はファッションを装ったスポーツウエアであり、非常に耐久性に優れている」
デザイナーにとって、世界一流のスケーターから作品が求められなくなる未来を想像するのは難しいかもしれないが、この事業を拡大するのは困難だ。マッキノンとキャロンの事業は小規模で、従業員数はそれぞれ5人と17人だ。フィギュアスケートで一般的に使用される伸縮性のある生地を扱ったことのない求職者が多いため、人材採用は常に課題となっている。
それでも、トップデザイナーたちは幅広い顧客層を取り込む方法を模索している。キャロンの工房は、選手があらかじめ用意された選択肢から組み合わせることのできる、セミカスタム方式の「アイコニックスケート」を発表。これについてキャロンは、「フィギュアスケーター向けのイケアのキッチンのようなものだ」と笑った。一方、マッキノンの工房は、人件費を抑えた簡素な衣装も販売しており、399~2000ドル(約6万~31万円)で手に入る。「人々が実際に注文できるよう、価格も抑える必要がある」
マッキノンは的を射ている。4年ごとに金メダルを確実に獲得できるスケーターはそれほど多くはないからだ。


