サイエンス

2026.02.27 18:00

8カ月冬眠するジリス、氷点下で呼吸がほぼ停止しても脳は損傷しない驚きの理由

ホッキョクジリス(Shutterstock.com)

ホッキョクジリス(Shutterstock.com)

ヒトの場合、脳の温度を数度下げるだけで、ニューロンは機能不全に陥る。低酸素状態がたった数分続くだけで、脳細胞は死ぬ。そして、体温が摂氏0度近くまで下がれば、脳内の電気的活動は完全に停止する。ところが、ホッキョクジリス(学名:Urocitellus parryii)は毎年冬になると、自発的に脳の温度を氷点下に下げる。

ホッキョクジリスの脳血流量は、通常時をはるかに下回る水準に抑えられ、一旦この状態に切り替わると数週間にわたって続く。そして春になると、彼らは何事もなかったかのように目を覚ます。記憶を失うこともなければ、検出可能な脳損傷を負うこともない。

この小さな哺乳類が、生物界屈指の過激な冬眠戦略、すなわち「可逆的な脳のシャットダウン」をどのように実現しているのか、以下に解説していこう。

ホッキョクジリスの過激な冬眠戦略

ホッキョクジリスが分布するアラスカやカナダ北部では、1年のうち8カ月が冬であり、気温が摂氏マイナス30度を切ることは日常茶飯事だ。ホッキョクグマなど冬眠する動物の多くは、雪を利用して断熱性の高い巣穴にこもるが、凍った土の中に巣穴をつくるホッキョクジリスは、氷点下の地中温度にさらされ続ける(ホッキョクグマの巣穴は摂氏ゼロ度程度だが、ホッキョクジリスの巣穴はマイナス8度からマイナス26度になるとされる)。

2000年に学術誌『American Journal of Physiology』に掲載された論文によれば、冬眠中のホッキョクジリスの深部体温は、時に摂氏マイナス2.9度まで下がる。これは、記録があるかぎり哺乳類の最低値だ。

ホッキョクジリスの心拍数は、通常活動時には「1分あたり約200回」だが、冬眠状態には、1分あたり10回未満にまで落ちる。呼吸はほぼ停止し、脳活動はほとんど検知できないレベルにまで低下する。しかし信じがたいことに、これでも彼らの脳は死なない。

ホッキョクジリスの脳は、細胞レベルで「トーパー(torpor:休眠)」と呼ばれる状態に入る。主な特徴は以下の通りだ:

・神経発火が大幅に減少する
・シナプス伝達が抑制される
・エネルギー消費量が、活動時の5%未満まで減少する

注目すべきは、ニューロンがこのような不活性状態に受動的に陥ってしまうわけではないことだ。つまりトーパーは、冬眠中のホッキョクジリスが、脳を「節電モード」に切り替えるプロセスと解釈することができる。

トーパー状態に入ることでホッキョクジリスは、イオンチャネル(細胞膜にあるイオンを透過させる役割を持つ膜タンパク質)の活動を抑制し、グルタミン酸の放出量を削減し、細胞膜を安定させることができる。その結果、興奮毒性(excitotoxicity)と呼ばれる、ヒトにおいてはニューロンが低酸素または低温にさらされた際に起こる細胞死のプロセスが、完全に回避されるのだ。

次ページ > ホッキョクジリスの脳は、低酸素状態をどう切り抜けるのか?

翻訳=的場知之/ガリレオ

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