「もう作られなくなった日本の家庭料理」を日本各地から抜粋し、現代の味に昇華させ、全10~11品のコース料理を構成する。それが「星のや東京」メインダイニングのディナーメニューだ。
星のや東京といえば、大手町にありながら、そのスタイルはホテルではなくあくまでも旅館。地下1500mから掘り上げた温泉が自慢の宿だ。ゆったりと贅沢な時を過ごしながら、何をいただけるのだろうと、誰もが楽しみにする夕食の時間。それが風変わりなコースなのだから面白い。このコンセプトを考案したのは、総料理長の岡 亮佑氏だ。
コースの成り立ちを知るには、岡氏のプロフィールに触れる必要がある。辻調理師学園でフランス料理を学んだ後、「神戸北野ホテル」「オマージュ」「ピエール・ガニエール」などで研鑽を積み、縁あって星野リゾートの「ロテルド比叡」の料理長に就任。その後、青森の星野リゾート「奥入瀬渓流ホテル」で総料理長を務めるにいたるが、それが大きな転機となった。
もちろんフランス料理を供していたわけだが、奥入瀬でなければ味わえない、独自の魅力を見つけようと悩みもがいた。そんなときに、青森の郷土料理──あわびと雲丹を潮汁で煮る“いちご煮”や、麹に漬けたにしん“お切込み”など──を取り入れてはどうだろうか、という考えにいたった。
それからというもの、青森の歴史と食文化を徹底的に勉強し、見事にフレンチのコースに合体させることに成功。たちまち奥入瀬渓流ホテルの料理は評判になった。その後、奥入瀬のスーシェフ達も順調に育ってきたタイミングで、2023年の5月に星のや東京の総料理長に異動が決まる。奥入瀬での経験が後に役立つとは、その時点では知る由もなかった。
星のや東京は、星のやブランドの中核である。そこで何をテーマに料理をつくるか。総料理長に課された重責とプレッシャーで押しつぶされそうになったこともあるという。
「当初、フレンチに和食を組み込んだ料理をつくり始めたのですが、これじゃあいけないと言う気持ちがずっとありました。東京でなければ食べられないもの、つまり江戸の料理とは何なのであろうか。江戸というキーワードにこだわったんです。そんなときに江戸料理の研究家・うすいはなこ氏の話を聞く機会があり、ぴんとくるものがありました。江戸時代には参勤交代で日本中の料理が都に運ばれ、江戸は地方料理(地方の家庭料理)の見本市でもあったのだと。それに気づいて、各地の郷土料理に焦点をあてるにいたったのです」
それからは、図書館に通い、『日本の食生活全集』(農文協)などの書籍を徹底的に読み込んだ。と同時に、日本全国に星野リゾートがあるというメリットを生かして、その地のお年寄りに話を聞いたり、道の駅で食材を調べたり、裏をとるための実働にも時間を割いた。



