最長20年という超長期の視座で投資活動を遂行する京都大学イノベーションキャピタル(京都iCAP)と、行政をあげて伴走する京都府。産学公が一体となるスタートアップ創出エコシステムはいかに実現されるのか。支え手たちの展望を聞く。
京都iCAPの歩みは、2014年に政府が打ち出した「国立大学に対する出資の制度化」にさかのぼる。当時、三井住友銀行から京都大学へ制度設計のために出向したのが、現社長の楠美公(以下、楠美)だ。
「その時は大学側にスタートアップ支援の知見も部門もありませんでした。制度設計を経て2014年12月に京都iCAPを設立し、16年1月にファンドを組成。当初は2年で銀行に戻る予定でしたが、設立に深くかかわった責任もあり、20年に銀行を退職して社長に就任しました」
楠美が設計したファンドの最大の特徴は、ファンド期間を「最長20年」という異例の長さに設定した点にある。一般的なVCが10年程度のサイクルで利益回収を急ぐのに対し、なぜ20年なのか。理由は、京都大学が抱える研究シーズの特異性にある。
「京大の技術シーズは、応用や開発に至る手前の基礎研究フェーズにあることもままある。そこから実用化まで長い歳月を要するディープテックを支援するには、10年では到底足りないのです。基礎研究の段階から時間をかけて伴走し、じっくりと社会実装するための20年なのです」
京大が長年蓄積してきた知をビジネスへと翻訳する組織もまたユニークだ。京都iCAPのキャピタリストの多くはPh.D.(博士号)をもつ理系人材で構成されている。
「理系人材を中心に組織をつくったのは、論文を読み込み、研究者と対等な立場で議論できることが不可欠だと考えたからです。投資部門に文系出身者は出向者を除き一人もいません。専門性を背景にした信頼関係こそが、京都iCAPの支援の基盤です」
さらに楠美が強調するのは、研究者と経営者の役割を分離させて考えること。楠美自身、長年の経験から研究者が経営を兼務することには慎重な姿勢を貫く。そこで京都iCAPが戦略的に活用しているのが、「EIR(客員起業家)」制度だ。EIRとは、起業を志すビジネスパーソンを一定期間、投資機関の契約社員等として雇用し、学内の研究シーズの探索や事業化準備に専念させる仕組みを指す。
「研究者が経営判断も担うと自らの技術への愛着が時に盲点となり、事業が誤った方向に進んだ際にブレーキが利かなくなるリスクもある。だからこそ、経営と研究のプロを分ける。客観的な視点で事業を成功へ導く『経営のプロ』を、技術の源泉である研究現場へ引き合わせる。そのための最も機能的な装置がこのEIRなのです」
光るシーズを見つける極意
EIRをはじめとする施策を講じる京都iCAPの具体的な支援の現場では、どのようなアクションが取られているのか。京都iCAPの菅野流飛(以下、菅野)は「エネコートテクノロジーズ」の事例を挙げる。同社は次世代太陽電池として注目されるペロブスカイト太陽電池を手がけている。
「担当者が設立の1年前から准教授のもとへ通い詰め、事業計画や資本政策、経営チームの構築を丁寧に練り上げた事例です。当時、太陽電池は投資領域として注目されておらず、ほかのVCはリスク回避のため投資に消極的でした。それでも我々はポテンシャルを確信し、単独で数億円のリスクを取りました」。投資から8年たった今、同社はトヨタ自動車との共同開発を実現するなど、時代のトレンドを先取りした存在となっている。
研究シーズの探索経路も多様に用意されている。大学の特許会議や、年間100件近い応募がある学内グラントの案件を精査し、光るシーズを見つけ出す。「会社設立の2、3年前から担当が張り付くこともあります。我々の強みは、研究者が思いつかないような技術の用途をビジネスの視点から発想し、提示できることにあります」(菅野)
さらに足元では、グローバル展開も加速する。23年からはシンガポールに拠点を設置し、投資先を海外の事業会社や投資家とマッチングさせるカンファレンスを毎年開催。これまでに33社を派遣して185件の商談を設定、4件の資本・事業提携を実現させた。25年にはニューヨークにも拠点を広げた。「ディープテックは国境を越えやすい。日本の技術力の高さは今、あらためて世界から注目されています。このタイミングで、世界へ羽ばたけるスタートアップを輩出したい」(菅野)。
設立から10年。京都iCAPのブランド力は確実に向上し、今や50名を超えるEIRコミュニティを抱えるまでになった。菅野は道のりをこう振り返る。「カンパニークリエイションという領域において、我々の手法と成果は国内トップクラスであると自負しています。研究者と起業家に実直に寄り添うコンセプトが結実しつつあります」
官学で挑戦者の「受け皿」をつくる
この京都iCAPの動きに呼応し、京都府も支援体制を敷く。府が本格的にスタートアップ支援に乗り出したのは19年。
「起業するなら京都プロジェクト」を立ち上げ、行政の産業振興部門で30年以上のキャリアをもつ上林秀行(以下、上林)らが中心となって推進してきた。かつて京セラや日本電産(現ニデック)、任天堂といった、独創的な技術を武器に京都から世界を席巻した巨大企業が生まれたベンチャーの都としての歴史がある京都。上林はこうした歴史を念頭に、支援に乗り出した当初をこう振り返る。
「京都には多くの大学があり、学生があふれていますが、卒業後に京都に残る人は2割に満たない。京都は学ぶ場所であっても、働く場所、挑戦する場所としての受け皿が不足していました。開業率も全国平均を下回っており活性化しているとは言い難い状況だったのは否めなかったのです」
20年には内閣府の「スタートアップ・エコシステム拠点都市」に採択。「京都スタートアップ・エコシステム推進協議会」を発足させ、現在、行政、経済団体、産業支援機関、大学等46団体が参画する。四条烏丸の京都経済センターには約60の支援機関や経済団体が集結し、産学公金の緊密な連携を可能にした。25年度からは、京都を世界的なディープテック拠点へと発展させていくための施策として「EIR活動支援事業」を講じており、京都iCAPとの連携を一層強めている。
京都発のスタートアップエコシステムをいかに醸成できるか。上林はこう意気込んだ。「ディープテックは資金も時間もかかりますが、何より経営側のリーダーが圧倒的に不足しています。府が予算を出し、優秀な人材を研究現場へ送り込む。流出を恐れるのではなく、京都で挑戦するメリットを提示し続けるのが行政の役割です」
京都府および京都iCAPでは、京都に根を張りながらディープテックスタートアップの創業を志すCEO候補者を求めている。日本の科学技術にキャリアを賭したい方は京都iCAPにコンタクトをとってほしい。
京都大学イノベーションキャピタル
https://www.kyoto-unicap.co.jp/
くすみ・こう◎三井住友銀行を経て、2013年より京都大学に出向し京都iCAPの制度設計を担う。14年同社設立にかかわり、20年代表取締役に就任。金融のプロとしての目利きと、超長期の支援哲学を貫く。
かんの・りゅうひ◎連続起業家、柔術家。複数の大学VCにて投資・支援活動を行い、2023年より京都iCAPに参画。日本最大のディープテックスタートアップスタジオの構築を目指している。
かんばやし・ひでゆき◎1988年に京都府入庁。30年以上にわたり商工労働の分野を中心に行政に携わる。2019年より京都のスタートアップ・エコシステム形成を牽引し、25年からは京都iCAPとのEIR連携を推進。



