「入れなかった」ことを誇る
では、若い世代は何に価値を見出しているのか。
「情報の記号ゲームにはとっくに見切りをつけていて、むしろオフラインの場とか、体験の身体性みたいなところに回帰している。何かを知っているというより、何かを現場で体験したという限定性を競っている感じがしますね」

TaiTanが象徴的なエピソードを語った。2020年頃、コロナ禍のさなかに「全感覚祭」というパーティーが開催された。日本のインディーズシーンで活躍するアーティストが一堂に会するイベントで、音楽ファンが殺到。しかし、会場のキャパシティには限りがある。
「僕も入れませんでした。その日、SNSを見てたら、現場に行ったキッズが『入れなかった』ことを誇りにしているようなポストをしてたんですよ。ライブを観たわけじゃない。音楽という情報を受け取ったわけじゃない。でも、彼らにとってはその熱に触れたことそのものがクールなんだなって」
知っていることより、場にいたこと。情報の希少性から、体験の希少性へ。価値の軸が移りつつある。
境界線が溶けた時代に
90年代のインディーズシーンには、「自分たちの楽曲をCMには使わせない」という暗黙の了解があった。商業とアートの間には一定の緊張関係があった。それが今は、「クリエーションは微妙だけど儲かっている“起業家として”すごい、という見方が出てきて複雑になった」とマークスは言う。
TaiTanが補足する。「売れているメジャーアーティストが、インディーズで活躍しているプロデューサーやトラックメイカーをアサインするようになった。すると何が起きるかというと、売れているアーティストの曲がどんどん良くなっていく。境界線がなし崩しに溶けていった」。
つまり、チャートの上位は人気なだけでなく、楽曲の質もいい。わざわざ掘りに行く必要がない時代になった。
「オルタナとかアングラの人たちのアイデンティティそのものがなくなった。その緊張関係って実は大事だったんだけどな、とは思いますね」(TaiTan)
AIが代替できないもの
では、均質化が進む時代に、クリエイターはどう生き残ればいいのか。マークスは生成AIの普及もさほど影響がないと考えているようだ。
「AIは今のところ、既存のデータの平均しか出せない。動画生成ツールのSoraが出て最初の1週間は盛り上がったけど、あっという間に冷めた。人間の仕事は難しくなるけど、新しいものをつくる責任は残っていると思う」


