この違い──ソフトウェアが「機能の追加」ではなく「仕事の再定義」になるという違い──が最も鮮明に現れるのはプライベート投資の現場だ。そこでは本当の制約は、ソフトウェアの入手可能性ではなかった。人間のスループット(処理能力)だった。
プライベートエクイティやプライベートクレジットのチームは、ソフトウェア過多ではない。人的レバレッジが不足している。高給のプロフェッショナルが、手作業でデータ抽出、照合、メモ作成、デューデリジェンスの調整を行い、いまも膨大な時間を費やしている。レガシーなツールは情報を記録するが、仕事を実行しない。
業務領域に特化したAIエージェントがここで勝つのは、SoR(基幹の記録システム)を置き換えるからではない。その間に挟まっている、コストの高いオフラインの人的ワークフローを置き換えるからだ。
筆者の経営するF2では、従来の意味でスプレッドシートや文書管理システム、データルームと競合しているわけではない。それらの周囲に巻き付いている労働集約的なプロセスを排除しているのだ。その結果は、ソフトウェア支出の削減ではない。意思決定に対するリターンの向上である。
筆者はこの変化を複数の角度から見てきた。キャリア初期には、「経常収益は安定し、顧客は離れない」という前提に依存する企業を引受審査するプライベートエクイティのアソシエイト(若手投資専門職)として、午前2時にExcelに埋もれていた。その後、フィンテックのインフラを構築し、現在はプライベート市場向けのAIツールを開発する中で、知能が仕事そのものに近づいた途端、そうした前提がいかに速くほどけるかを目の当たりにしてきた。
教訓は、ソフトウェアが消えるということではない。レガシーなソフトウェアの経済性が書き換えられているということだ。
AIエージェントが市場を拡大するにつれて、価値はインターフェースではなく実行を握るシステムへ移る。収益はアクセスから影響力へ、継続性よりも代替可能性が重要となる。
投資家にとっての含意は、不快だが明確だ。従来のシグナルでは遅すぎる。顧客離れが顕在化する頃には、ワークフローの代替はすでに完了している。
エージェント主導の市場では、損益計算書がそれを示す前に、知能がどこへ移っているかを理解する者が優位に立つ。
それこそが、投資家が織り込んでいる本当のディスラプション(破壊的イノベーション)だ。そして、それはまだ始まったばかりなのだ。


