社内の慎重論を押し切ってChatGPTを公開し、歴史的な成功を呼び込む
アルトマンは、アイデアが浮かぶと一気に走り出す傾向があり、その性格がトラブルを招いたことも少なくない。だが同時に、それこそが彼の成功の原動力であることを示すのが、2022年のChatGPTの公開タイミングだった。当時、OpenAIの経営陣の間では、このモデルを一般公開すべきかどうかで意見が割れていた。より完成度の高い、強力なモデルができるまで待つべきだという慎重論が根強かったからだ。だが、「公開に踏み切るべきだ」と強く主張したのがアルトマンだった。
「サムは『とにかく出してみよう』という感じだった」と振り返るのは、共同創業者兼社長のグレッグ・ブロックマンだ。公開前夜、チームで反応を予想し合った際、ブロックマンは「一時的に話題になるだけで終わるのではないか」と考えていたという。「でも、サムだけは成功を確信していた」。
結果として、その判断はこれ以上ないほどのタイミングだった。その後のOpenAIの評価額の急拡大、AI市場の将来予測が示す通り、ChatGPTの公開は一気に時代の流れをつかんだ。ディズニーのボブ・アイガーCEOは、アルトマンについて「極端なまでに先を読む人物だ」と評しつつ、「我慢強さと短気さの両方を持っている」と表現する。
こうした判断力の背景には、アルトマンがテクノロジー業界の歴史を深く研究してきたことも挙げられる。彼が「できるだけ早く世に出すこと」にこだわるのは、ゼロックスのパロアルト研究所(PARC)の失敗を熟知しているからだ。PARCは、GUI(グラフィカルユーザーインターフェース)やレーザープリンター、マウスといった画期的な技術を生み出しながら、それを事業として成功させられなかったことで知られている。
「技術革新のサイクルには、必ず経済的に回る仕組みが必要だ」とアルトマンは語る。「研究室の中には、世に出ることのなかった素晴らしい発明が山ほど眠っている。それは、その技術を人々の手に届けるところまでやり切らなかったからだ」。
ジョニー・アイブの企業を約1兆円で買収し、AI時代の新たなデバイスを模索
そして、その課題にこそ、彼は今取り組んでいる。ChatGPTの現在のテキスト対話型インターフェースは、1960年代に登場したチャットボット「Eliza」をルーツとしている。しかしアルトマンは、この延長線上にAIの未来があるとは考えていない。彼が目指しているのは、AIを日常生活に不可欠な存在にする、まったく新しい使い方やデバイスを生み出すことだ。
その目標に向けて、OpenAIは7月、ジョニー・アイブが率いるハードウェア企業「io Products」を65億ドル(約1兆円)で買収した。iMacやiPhone、Apple Watchを手がけたデザイナーとして知られるアイブは、「サムは、ユーザーインターフェースが単なる装飾ではないことを理解している。それは、人間の体験そのものを規定するものなんだ」と語っている。
アルトマンは、このプロジェクトに強く心を奪われているが、その中身について語ることは頑なに拒んでいる。開発チームは、サンフランシスコのジャクソン・スクエア地区にある秘密のオフィスで作業を進めているという。彼が語る構想は、どこか謎めいて抽象的だ。そこにあるのは、「極めて高度な文脈理解と、先回りした支援」を提供するデバイス群だという。また、ユーザーを常に観察し、作業を円滑に進め、日常体験全体を底上げしてくれる「小さくて友好的な相棒」のような存在が想定されている可能性もある。
取材の途中でアルトマンは、先ほど自分が披露した数々の収集品についても、「もしそのデバイスが存在していれば、完璧な組み合わせを選んでくれたはずだ」と説明した。「そのデバイスは、私が最近何を考え、何にワクワクしているのかを理解している。部屋の中で私の視線がどこに向いているかも把握しているんだ」と彼は続けた。
もっとも、こうした話のすべてが目くらましである可能性も否定できない。アルトマンは、次々と新しい魅力的なアイデアに惹かれてしまう人物としても知られている。そして、人間の体験そのものを定義するようなデバイスの開発は、大きなリスクを伴うものでもある。シリコンバレーには、「世界を変える」と喧伝されながら失敗に終わった製品が数多く存在する。セグウェイや過剰な期待を集めたMagic Leap(マジックリープ)の拡張現実(AR)テクノロジー、そして最近では、アルトマン自身が出資していたHumane(ヒューメイン)のウェアラブルAIアシスタント端末もその一例といえる。
「失敗する可能性はある」とアルトマンは認める。「歴史を振り返っても、まったく新しいコンピューティングのインターフェースが確立された例は、そう多くない」。
安全性検証が不十分、心理的な健全さよりもエンゲージメントを優先する機能への批判
この取り組みが人々に害をもたらす可能性もある。OpenAIは、安全性検証が不十分なまま製品を公開してきたことや、心理的な健全さよりもエンゲージメントを優先する機能を実装してきたことについて、たびたび批判を受けている。ChatGPTが自傷行為や自殺を直接的、あるいは間接的に助長したと主張する訴訟も、複数起こされている。また、ChatGPTを支える巨大なデータセンターが、莫大な電力と水を消費する環境負荷の塊だという指摘も根強い。OpenAIはそのたびに謝罪し、改善を約束してきたが、そこに一定のパターンが浮かび上がっていると感じる人がいても不思議ではない。
ディズニーのキャラクターを動画生成AI「Sora」で利用可能にするライセンス契約
2025年12月、アルトマンとディズニーのボブ・アイガーCEOは、シリコンバレーとハリウッドの双方を驚かせた。両者は、ミッキーマウスやダース・ベイダー、シンデレラといったディズニーの世界観を代表するキャラクターを、OpenAIの動画生成AI「Sora」で利用可能にするライセンス契約を発表した。Soraは、ごく簡単な指示文からリアルな映像を生成できるAIアプリとして知られている。
この提携は、極めて異例のものだった。ディズニーは知的財産(IP)の管理に厳しいことで知られ、ハリウッドのエンタメ業界も、AIを自らの将来を脅かす存在と見なしてきたからだ。しかし、1年以上にわたる協議の末に成立したこの契約には、ディズニーがSoraで生成した映像を、動画配信サービスのDisney+で使用できるようにするなどの内容が盛り込まれた。アルトマンは、ディズニー側にOpenAIへの10億ドル(約1570億円)の投資を決断させた。これは、AI企業としてはこれ以上ないハリウッドのお墨付きを得た形だ。
「サムは、この投資を信頼の証として、そしてパートナーシップを強化するために望んでいた。ディズニーが、もう一段深くこの事業に関与する状況を作りたかったのだ」とアイガーは語る。


