スタートアップ一大集積地・東京都の西隣、山梨県が、起業の候補地、実験場として見過ごせなくなってきた。四方を山に囲まれた盆地の世話焼きの文化が、ヒト・モノ・カネを次々に結びつけているのだ。障害者支援事業を軸にビジネスを展開するKEIPE(ケイプ)のストーリーから、その実態を読み解く。
山梨県立美術館内のレストラン「COLERE(コレル)」が話題を呼んでいる。
いわゆる「ユニバーサルレストラン」として人気を集めているのだ。従業員の8割は心身に障害があるメンバーで、彼・彼女らがホールスタッフのみならず、メニュー開発やイベントの企画運営まで担っており、売り上げは順調に向上。2025年に日本で初開催となったデフリンピックなどを機に障害の理解促進の一拠点としても期待される。このレストランを手掛けたのが、KEIPEの赤池侑馬(写真。以下、赤池)だ。実は彼が手がける案件は次々と増えている。
「山梨では、居酒屋で出会った人が翌日には銀行の幹部や地元の有力者につないでくれる。東京では得られないスピード感でソーシャルキャピタルを築けるのです。これが山梨のうまみだと思います」実際に、県立美術館の話を紹介してくれたのはこの地で出会った先輩起業家だった。
そのほか、ドライフルーツの製造販売事業も手がけているが、これは人手不足に悩む農家の出荷手伝いがきっかけ。廃棄されていたフルーツが目に留まり、どうにかして価値向上につなげられないかと、無添加・無加糖の高品質なドライフルーツ事業を考案。開発は研究機関と連携し、加工場探しも地元の付き合いから「赤池くんなら自由に使いなさい」と通常は貸し出されない物件を融通してもらった。笛吹市にあるその場所に自社工場を構え、地域の雇用を生む拠点へと成長させた。
これらのほかにも就労支援事業所のマッチングサービス、地域商社事業、小売り、メディア運営などKEIPEが手がける事業は創業10年以内で計6事業にまで増大。県内で広範囲に事業を展開する赤池が語った「東京にはないスピード感で築けるソーシャルキャピタル」。その答えは山梨県の地域性に見出せる。
世話を焼くルーツ「無尽文化」
山梨には「無尽(むじん)」と呼ばれる、仲間内で定期的に集まり酒を酌み交わす特有のコミュニティ文化があり、現代でも根付いている。古くは室町時代からあるともいわれる庶民同士の金融制度を発端とする無尽は、いわば地域で相互扶助をして助け合おうとする手段だった。
こうした文化は外部からの起業家にとっても、支援者に世話を焼かれて、キーマンへと瞬時にアクセスすることを可能にしている。赤池自身も「事業展開は時間との戦いでもあります。いかに早期にキーマンと出会えるかは重要です」と話す。事業の広がりを振り返るなかで、世話焼きな県民性を実感してるようだ。
支援者の存在を実感しているからこそ、赤池自身は事業を「自身の作品として生み出せた」と語る。マーケットインではなく、自らの内発的な動機を事業に昇華させる、アート思考によるプロダクトアウトだという。実際、KEIPE誕生の裏には赤池自身の紆余曲折に満ちた歩みがある。
KEIPEは就労支援施設の運営事業として創業した。原点にあるのは、16歳の時にバイク事故で障害を負った3歳上の兄の存在。スポーツ万能、成績も優秀だった兄が社会からはじかれていく姿を目の当たりにした経験が、赤池に「誰もはぐれものにしない社会」を強く意識させることとなった。
千葉大学で教員免許を取得後、荒れた中学校での教職、東京のITスタートアップ、さらにはタイ・バンコクでの事業立ち上げを経験。特にバンコクでは境遇の異なる人々が助け合って働く姿に「ボーダーレスな世界」のあり方をみた。兄が経験したような周囲との分断を生まない社会を実現したい―。帰国後、意思を固めた赤池は創業に乗り出した。
「はぐれもの」でも自己表現できるように
しかし、波乱は続いた。創業後、東京で残してきた仕事と山梨との2拠点生活を続けるなか、18年、結核を発症した。病床で人生を問い直した結果、拠点を故郷に移す考えに行き着いた。
「お金や誰かの決めた成功を追うような東京的な戦い方でいいのか、自分の命は何に使いたいのか深く考える時間でしたね。自然が近く、それでいて人との距離が濃密な山梨で、自分の命を使いたいと考えました」
コロナ禍も追い打ちをかけ、都内の暮らしを見直し、20年、赤池は山梨へ完全帰郷。以降、KEIPEは山梨で根を張るように事業を拡大、現在9期目で年間売り上げはグループ全体で10億円を見込むほどに成長を遂げた。
26年春には新たにホールディングスを発表予定で、培ってきた就労支援や起業のためのマインドセット構築の仕方などを言語化し、はんよう性の高い育成プログラムとして全国の企業へ展開する計画という。「さまざまな事業を展開していますが、共通しているのは社会からはじかれる人を出さない事業をしたいという思いです」と赤池は力を込める。
山梨県の人口はピーク時の00年から11.2%減少している。人口減少はどの地方も向き合うべき社会課題を生むが、だからこそビジネスチャンスを見いだせると赤池はいう。
「ローカルなビジネスをするなら現場の実態を感じてほしい。山梨は社会課題を実感することができる豊かな実験フィールドですよ」
“よってたかって”支援で、盆地にソーシャルインパクトを呼び込む
新事業チャレンジ推進課とスタートアップ・経営支援課が連携し、重層的な支援を展開している山梨県。起業家の世話を焼く「新事業共創プラットフォーム」をはじめ、新たに整備したスタートアップ支援センター「CINOVA Yamanashi」や県から最大2,000万円を直接出資する「資金調達サポート事業」など幅広い支援策を揃える。
山梨の歴史を辿れば、明治時代、狭い盆地で生きた甲州商人たちは、外の世界へ打って出て、鉄道等の公共インフラを築き、甲州財閥を成した。その系譜には、私利を超えた公共への貢献という視点がある。山梨県からローカルゼブラを生み出す「YAMANASHI Impact Challenge」やクラウドファンディング型ふるさと納税を用いた資金調達支援は、まさに現代の甲州商人たる起業家を育てソーシャルインパクト創出を狙う取り組みと言える。これらは、スタートアップの実証実験を全面支援する「実証実験サポート事業」や県内企業との新ビジネス創出を支援する「共創促進事業」などで補強されている。
無尽の精神を起業家支援に落とし込んだ仕組みが、「新事業共創プラットフォームTRY!YAMANASHI!」だ。行政と支援機関や金融機関、経営者らが連携して、社会性のある事業にリソースを持ち寄り“よってたかって”支援する体制を敷いているという。盆地特有のネットワークと、行政の面白がる姿勢を両輪に、山梨は官民が境界なく混ざり合う独自の官民共創モデルを構築し始めているのだ。
こうした施策の充実ぶりと同様に県が重視するのは、企業に合わせた「適度な距離感での伴走」。新事業チャレンジ推進課の齊藤浩志はこう話す。
「企業を『よく見ている』ことが支援の本質です。山梨の濃密なコミュニティでは、動向を注視することで『あの人とあの人を混ぜたら面白そう』という仮説が立つ。行政が共創に対してオープンな態度を保ち、触媒として機能すること。何が起きるか分からない余白を楽しむ好奇心が、地方におけるイノベーションの鍵ではないか」
山梨県
https://hq.pref.yamanashi.jp/
あかいけ・ゆうま◎KEIPE代表取締役。山梨県出身。大学卒業後、教師になるが1年でIT企業に転職。タイや日本での事業立ち上げに携わった後、17年にKEIPEを設立。就労支援事業をはじめ、複数のソーシャルビジネスを手がける。



