扁桃体は、人間の「無意識の嗅覚」を担う
我々人間の脳には、臭いを検知する能力と、感情を覚える能力とを橋渡しする部分がある。古典的な神経科学では、扁桃体が、不安や攻撃性、そして(最も重要なことに)恐怖といった感情を処理する上で中核的な役割を果たす部位と考えられている。ここは、我々が脅威を認知するのを助け、「闘争・逃走反応」と呼ばれる自律的な反応をつかさどる部位だ。
2009年に『PLOS One』に掲載された研究論文で、研究チームは、肉体的ストレスを伴わない感情的ストレスにさらされた人たちから提供された汗の臭いを被験者に嗅いでもらい、その時の脳の状態を、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用いて撮影した。
この実験で観察された扁桃体の活性化パターンから、被験者の脳は、これらの感情を示すケモシグナルに対して、恐怖と結びつかない中立的な臭いを嗅がされた場合とは異なった反応を示していることがわかった。興味深いことに、被験者が何かはっきりした臭いがしていると意識していないケースでも、脳は反応していた。
言い換えれば、人間の扁桃体は、純粋に嗅覚という手段のみで、他者の恐怖感をはっきりと認識できる上に、その臭いを無意識のレベルで認識可能だということだ。
この実験結果をきっかけに、多くの人がある疑問を抱くようになった──もし人間の脳が本当に、無意識のうちにこれらの恐怖感のシグナルを判別できるのであれば、こうしたシグナルが我々の行動に影響を与えることも可能なのではないか? という疑問だ。そして、本当にこれが可能であることが、驚くほど具体的な状況下で示された。
『Chemical Senses』に掲載された比較対照研究では、恐怖を感じる状況でかいた汗を嗅がされた被験者に認知的課題を実行してもらったところ、恐怖を感じていない状況の汗を嗅いだ者と比べて、成果に違いが認められた。
女性を対象として行なわれたこの実験では、恐怖を感じる状況下で分泌された汗を嗅いだ場合に、中立的な状況下の汗、あるいは、対照群となる臭いを嗅いだ者に比べて、より正確に意味のある単語を選ぶことができた。これはすなわち、これらの被験者の脳で警戒感が高まり、それによって、意味のある情報を優先してピックアップするようになった、ということを意味する。


