2023年に学術誌『Science』に掲載された論文で示された遺伝学的証拠によれば、私たちの祖先である初期人類は、約90万年前に極端な人口のボトルネックを経験した。具体的には、10万年以上にわたり、繁殖個体の数がわずか1000余りのまま存続してきたと推定されている。
もしこれが事実なら、大型哺乳類の個体群崩壊として、これまで推定されたなかで最も深刻なものの一つとなる。実際、これほど壊滅的な個体群崩壊があったのだとしたら、ヒトの系統が、現生人類の誕生以前に消え去っていてもまったくおかしくなかった。
この仮説は、ヒト進化史の再考を迫るものであり、それゆえ一般大衆の想像力をかきたてた。ほとんどの人は、現代の私たちの繁栄ぶりを念頭に、人類進化は漸進的な発展だったと思いこみ、大惨事へのニアミスがあったとは考えない。とはいえ、あらゆる並外れた学術的主張の例に漏れず、この仮説も激しい議論を巻き起こした。
ヒトの祖先が絶滅寸前に陥ったというこの事象は本当にあったのか、それとも、遺伝学的証拠からの推定には限界があるために幻影を見ているだけなのか。大勢の人々がいま、この問題に頭を悩ませている。ゲノミクス(ゲノム科学)、気候変動、そして100万年近くも前の過去を再構築する上で避けては通れない不確実性が交差するどこかに、真実が隠れている。
これまでの研究からわかっていることを整理しよう。
現代人のDNAに潜む「過去のボトルネック」
事の発端は、化石ではなく、現代人のゲノムだった。前述した2023年の研究で、研究チームは3000人以上のアフリカ系および非アフリカ系の現代人の遺伝子データを解析した。
注目すべきは、研究チームが分析の際に、新たに開発された統計的手法であるFitCoal(Fast Infinitesimal Time Coalescent Process)を用いたことだ。これにより、従来のほとんどの手法では不可能だった、極めて古い時代における初期人類の個体群サイズの変動を再構築することが可能になった。
その結果、約93万~81万3000年前に、初期人類の有効集団サイズ(effective population size:集団内で実際に繁殖に与する個体数)が約1280個体まで激減したことが示唆された。この数字は、激減する前の水準から実に98%も減少したことを意味する。
さらに驚くべきことに、解析結果は、こうした集団サイズのボトルネックが10万年以上にわたって維持されたことを示していた。このような深刻な個体群崩壊が、これほど長期間にわたって続くのは、極めて異例だ。
進化的観点から見れば、これは初期人類が絶滅寸前に陥ったことを意味する。
ただし重要な注意点として、有効集団サイズは、総個体数、つまり総人口と同じではない。有効集団サイズとは、次世代に遺伝子を継承した個体の数、つまり子を残した個体の数のことだ。とはいえ、この違いを考慮してもなお、推定される個体群サイズは、のちに地球全体を支配する種としては、信じがたいほど小さい。



