『Science』論文に対して懐疑的な研究者たちはまた、この時代に「絶滅へのニアミス」があったことをはっきりと示す化石証拠は得られていないと指摘している。ただしもちろん、化石記録が常に不完全なものであることには留意が必要だ。
要するに、仮に遺伝的シグナルが本物だったとしても、それが何を意味するかについては、やはり100%確実とは言えないのだ。
結局のところ、人類が90万年前に絶滅しかけたというのは本当なのだろうか? できるかぎり率直に答えるなら、本当かもしれないが、確実とはいえない、というものだ。
2023年の『Science』論文が、初期人類における人口のボトルネックを示唆する遺伝的証拠を、これまでで最も頑健な形で示したことは確かだ。同論文では、最先端の厳密な統計的手法が用いられ、その結果は、地球の歴史における大規模な気候撹乱の事実とおおむね整合性がとれていた。一方で同論文は、過去の個体群動態を推定することの限界を示すものでもあった。100万年近く前に起こった出来事の再構築を試みる場合には、モデルの前提の微妙な違いが、大きな影響を及ぼすことがある。
現代人にとっての意義
本当に初期人類が絶滅寸前から立ち直ったのだとしたら、私たちがいま存在することは、途方もない歴史的偶発性の賜物ということになる。人類の知能や文化や技術は、私たちが思い込んでいるような不可避のものではなく、ほんのひと握りの種だけがくぐり抜けてきたボトルネックを経験して初めて可能になったものということになる。
何より、こうした可能性は、私たちの種としてのレジリエンスについて再考を迫るものにもなる。人類の台頭は、私たちが無敵の存在だったために当然の帰結として起こったわけではなく、ごく小さな集団が環境の激変を耐え忍び、それに適応し、やがて状況が改善したあとで、ようやく増加と拡散に転じた結果にすぎないのかもしれないのだ。
そして、最も重要な教訓として、たとえ90万年前の個体群崩壊そのものは事実ではなかったとしても──現段階では確かなことは誰にもわからない──、初期人類の個体群が、私たちがこれまで考えていたよりもずっと絶滅リスクに対して脆弱な存在だったことに変わりはない。
個体数が数千まで激減したにせよ、長きにわたる苦難に耐えたにせよ、人類進化については謙虚にアプローチすべきであることを、改めて思い知らされる。私たちの進化の道のりはおそらく、私たちが考えるような順風満帆な発展ではなかったのだ。
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