表舞台から舞台裏へ
このパターンは、中小企業向けソフトウェアにとどまらない。
アセンブリー(Assembly)のCEOマーロン・ミスラは、断片化したバックオフィス業務に苦しむプロフェッショナルサービス企業と向き合っている。彼の見方は、一般的なAIナラティブの多くと逆向きだ。システムがより有能になるほど、価値の伝え方においてAIはより中心になるのではなく、むしろ中心から外れていく。
「私たちは、2〜5人の事務所が25人の事務所のように運営できる段階に近づいています」とミスラは言った。このてこは、知能を誇示することから生まれるのではない。支払い、契約、説明責任をすでに担っている信頼された環境の中で、ワークフローを端から端まで完了させるアシスタントから生まれる。
ミスラは、最も強力なアシスタントとは、最も多く話すものではなく、監督なしに動けるだけの文脈を知っているものだと強調する。
「大きな機会があります」と彼は述べた。「安全な環境の中で、ワークフローを完了させることに特化したアシスタントを持ち込むことです。そこにはすでに、必要な文脈が与えられています」。
そうなるにつれて、AI要素は背景に退く。顧客が触れるのは、ポータル、プロセス、あるいは完了したタスクであって、知能そのものではない。アシスタントが重要なのは、それが機能するからだ。
クリエイター・エコノミーでも変化が進む
スライブカート(ThriveCart)のCEOイスマエル・リクセンも、同じ反転がクリエイター・エコノミーで進むのを見ている。ただし、表面上の圧力は違って見える。初期の興奮は、創造性を高めたりマーケティングを自動化したりすると謳うツールに集中した。しかし、何ができるかは分かっても、どう使えばいいかは後回しだった。
リクセンが気づいたのは、クリエイターが実際に苦しんでいたのは想像力ではなく、実行だったということだ。あまりにも多くのシステムが、クリエイターに手を止めてAIを調整・監督することを求めた。そうしている間に、AIが本来生み出せたはずの勢いが作業の流れからこぼれ落ちていった。
「私たちは、ワークフローモデルへ大きく移行しました」とリクセンは私に語った。「“てこ”があるのはそこです」。
AIが意味を持つのは、作業を途中で止めさせず、一連の流れを最後まで回し切るのに役立つ場合
彼の見立てでは、AIが意味を持つのは、作業を途中で止めさせず、一連の流れを最後まで回し切るのに役立つ場合に限られた。例えば、見込み客の獲得から受注までを自動で進め、必要な作業を自分で終える営業パイプライン。手作業の受け渡しを減らし、収益化までを途切れさせないプロセス。そして、クリエイターがすでに行っているやり方を尊重し、AI中心にやり方を組み替えることを求めないシステムである。
リクセンはますます、クリエイター向けには、幅広い知識ではなく専門性が価値を生むと、明確に語るようになっている。
「スキルこそがすべてです」と彼は言った。クリエイターも運用側も、何でもできるツールを抱え込むより、やるべきことを絞って確実に実行するほうが勝てる。実行を後押しするAIは受け入れられる。逆に、複数のツールをつなぎ合わせたり調整したりする手間をユーザーに押しつけるAIは、受け入れられない。
その結果、スライブカートは、AIを機能として見せることから意図的に離れた。焦点は、ほとんど地味に感じられる成果へ移った。たとえば、AIで不正防止を改善し、正当な取引をより多く承認し、利用者の所在地や購買行動に基づいて、エンド顧客によりパーソナライズされたチェックアウト体験を提供するといったものだ。知能は埋め込まれたままだが、人間の注意を求めなくなった。
同じ論理は、失敗が許されない産業環境ではさらに強くなる。
オートデスク(Autodesk)における生成デザインの先駆者の1人で、オーグメンタ(Augmenta)の創業者でもあるフランチェスコ・イオリオは、「見えること」がかえって信頼を損なう業界で仕事をしている。建設・エンジニアリングのチームは容赦ない締め切り圧力の下にあり、目新しさには現実のコストが伴う。
「人々には、技術で何ができるかを調べている時間がありません」とイオリオは言った。「彼らは仕事に埋もれ、バックログが積み上がっています。特に病院やデータセンターのようなミッションクリティカルなインフラではなおさらです」。


