誰も口にしたがらない疲弊
約2年にわたり、AIは経営層の注意の中心を占めてきた。それには正当な理由がある。
決算説明会、投資家向け資料、社内ロードマップ、オフサイト、製品発表──あらゆるものが知能、モデル、変革の物語を中心に回っていた。初期段階では、その熱量は、ソフトウェアが何をできるのかという前提を組織が再調整して学ぶうえで、生産的に感じられた。
同時に、新しいAI施策が来るたびに、暗黙の義務が伴った。チームは新しいインターフェースを学び、新しい語彙を採用し、同じ条件でも結果が揺れ得る出力に責任を持つよう求められた。成功したパイロットであっても、ガバナンスや説明責任に関する追加の問いを生み、組織としてそれに答える準備ができているところはほとんどなかった。
コンガ(Conga)のCEOデイブ・オズボーンは、成熟度の異なる企業でこのパターンが繰り返されるのを見てきた。
「経営陣が、実際にはスケールまで持っていく方法を分かっていない組織を、いくつも見てきました」と彼は私に語った。「興奮はあります。現在は資金もあります。しかし、組織として何で勝とうとしているのか、そしてAIがそれにどう本当に関わるのかについて、共有された明確さがあることは稀です」。
その明確さの欠如は、AIの文脈ではとりわけ高くつく。
認知負荷と意思決定疲労に関する研究は、その理由の説明に役立つ。システムが手順を減らすのではなく増やすなら、技術品質や生産性向上に関係なく、採用は遅くなりやすい。
エンタープライズ環境はすでにツールの乱立に苦しんでおり、注意を要求する知能は、本来支えるべき仕事と正面から競合する。
「私たちが何を成し遂げるのか、どうやって成し遂げるのか、成功とは何かです」
オズボーンは、まさにこの理由から、コンガがAIをどう位置づけるかについてとりわけ慎重だ。
「私たちはAIをデジタルアシスタントとして扱っています」と彼は言った。「顧客に提供するのは、顧客を支援するためであって、全面的なやりとりを置き換えるためではありません」。
この枠組みは意図的だ。「支援」は既存のワークフローの中でのサポートを意味し、新しい重心へと再編成することを求めない。
だからこそ、オズボーンは会社のAIナラティブを加速させるのではなく、意図的に減速させてきた。彼の強調点は、まず足並みを揃えることにある。
「経営陣は3つのことについて同じ認識を持つ必要があります」と彼はいう。「私たちが何を成し遂げるのか、どうやって成し遂げるのか、成功とは何かです」。
その基盤がなければ、AIは“てこ”ではなく、分断の新たな源になる。
AIは期待外れだったのではない。むしろ速く、広く成果を出した。だがそれゆえに、別のボトルネックが露呈した。希少になったのはAIの能力ではなく、人々の注意である。信頼を勝ち取ることも難しくなった。「これだけのことができます」という能力の誇示では、もはや買い手は動かない。彼らが今求めているのは、AIが目立たず裏方に徹し、成果が主役になるシステムの証拠なのである。
そのような環境において、先頭を走るリーダーたちは、AIをすべての中心に据えると宣言する人々ではない。AIが称賛を求めることなく成果を出すことを確実にする人々なのだ。
静かな反転
こうした背景のもと、明確なリーダーシップのパターンが現れ始めた。コンスタント・コンタクト(Constant Contact)のCEOフランク・ヴェラは、その哲学を驚くほど明晰に言語化する。
「私はAIを自分の問題にしています」と彼は語った。「クライアントがそれを心配する必要はないのです」。
この言葉は、一見した以上に重い。顧客がそれに触れるより前に、不確実性、性能、故障モードに対する責任を引き受ける意思を含意している。また、ユーザーに知能そのものを理解・管理させることで責任を外部化することを、意図的に拒む姿勢でもある。
「結果と、やり遂げた仕事を見せるのです」
ヴェラの視点は、中小企業への販売に費やした数十年によって形作られている。彼は、中小企業が想像しうる中でも最も厳しい職業生活を送っている集団であるという。時間の希少性がその意思決定を規定する。ツールは可能性ではなく、「今、この瞬間のストレスを減らすかどうか」で評価される。
「中小企業の経営者はテクノロジーのことを考えながら朝目を覚ますわけではありません」とヴェラは言った。「彼らはその日をどう乗り切るかを考えながら目を覚ますのです」。
その環境では、AIを機能や能力として提示すること自体が摩擦を生む。仕組みの説明は、顧客が割けない注意を消費する。結果として、ヴェラは社内会話と社外会話を明確に切り分ける。
「私がAIについて話しているのを聞くとしたら、それはおそらく取締役が同席している時です」と彼は説明した。「顧客に対しては、製品が生活をどう変えるかを話します」。
彼は同じ原則に何度も立ち返る。テクノロジーは、賞賛の対象として提示されるべきではない。成し遂げられた仕事として提示されるべきだ。
「テクノロジーを見せてはいけません」とヴェラは言った。「結果と、やり遂げた仕事を見せるのです」。
根底の論理は単純だが要求は厳しい。顧客に露出した知能は、顧客の作業になる。システムに埋め込まれた知能は、顧客にとっての“てこ”になる。


