言い換えれば、同じ生態上の問題に直面していたという単純な理由から、まったく別々の系統が、まったく同じ解決策にたどりついたということだ。チャールズ・ダーウィンが食虫植物を「世界で最も不思議な植物」と表現したのも無理はない。こうした進化はとても興味深い。
進化について食虫植物が教えてくれること
食虫植物の戦略は見事ではあるが、その食虫性はただでは手に入らない。消化酵素の産生、捕虫構造の維持、傷んだ葉の交換は、膨大なエネルギーを求められる芸当だ。
そのため、土壌の栄養が豊富な場所に生える植物にとっては、食虫性は利点ではなく負担になる。そうした理由から、食虫植物は実のところ、本来の生育環境の外では競争に極めて弱い。
肥沃な環境で育つ食虫植物は、リソースの配分が非効率であるため成長が遅く、食虫性ではない植物との競争に簡単に負けてしまう。そんなわけで、食虫植物の特殊性は、最大の強みであると同時に、最大の弱みでもある。
人間は食虫植物を、おそろしい捕食者として擬人化しがちだ。だが現実には、食虫植物の受動性は、地球上にいるほかの植物と変わらない──ただ単に、日和見的になるように進化しただけなのだ。
食虫植物は、獲物を追いかけたり狩りをしたりはしない。実のところ、生き延びるために日々狩りをする必要さえない。たいていは、昆虫を捕まえずに長期間を過ごしていても、成長と繁殖の勢いは低下するものの、充分に生き延びられる。
食虫植物の捕虫構造は、昆虫が蜜や色や水分に引き寄せられるような、予測可能な習性を利用している。このシステムが機能するのは、湿地の生態系には昆虫が豊富にいるからだ。進化という観点から言えば、食虫植物の食虫性は、狩りよりも掃除(スカベンジング)に近い。
食虫植物は、自然選択が、普遍的な問題ではなく「局所的な問題」の解決に味方することを示している。結局のところ、肥沃な土壌を簡単に利用できる環境では、昆虫を食べてもほとんど利益はないし、むしろマイナスだ。そして窒素の乏しい沼沢地であれば、昆虫を食べることに不利益はない。
進化は、複雑さや知性に向かって動くのではない。むしろ、制約下での効率に向かって動く。食虫植物の場合、乏しい栄養が制約になった。そしてその解決策として、過激だが効率のよい手段が生まれたのだ。


