—— 近年、日本ではアダルトコンテンツ関連事業者などが、VISAをはじめとする国際的決済ネットワークから突然利用を拒否される事例が相次いでいる。中には、実際にはアダルトコンテンツを扱っていない事業者も含まれている。決済事業者は典型的なテック企業ではないものの、国家の監督を超えて、民間主体が事実上の規制や検閲を行っている例ともとらえられる。こうした国際決済プラットフォームが行使する非国家的な統治権力を、教授はどのように評価しているか?
これはまさに、民間のデジタルプラットフォームが〔国家の枠組みを超えて〕グローバルにルールを執行できてしまうことを示す象徴的な事例だ。実は私自身もかつて似た経験をしている。数年前、私は日本の漫画を欧州市場向けに翻訳・販売するiPadアプリのスタートアップを共同創業したのだが、ティーン向け作品を扱っていたにもかかわらず、Appleによってアプリを18 歳未満の利用者に提供できないようブロックされてしまった。日本や欧州の文化基準では問題視されない程度の軽微なヌード表現が、Appleの採用する米国的文化基準では許容されなかったのだ。
あなたはこの問題の本質を「国家の監督を超えた」企業判断に見ているが、私の考えでは、それ自体が問題の核心ではない。インドやトルコのTwitterユーザーの多くは、かつて Twitterが国家の監督を超えて、独自の基準により運営されていることを歓迎していた。むしろユーザーたちが最も忌避していたのは、ツイート内容を自国政府が監督することだった。しかしイーロン・マスクがTwitterを買収すると状況は一変し、各国政府の要求を受け入れ、ユーザーの投稿内容を検閲するようになった。『デジタルの皇帝たち』でも論じたように、プラットフォームへの国家介入を求めたとしても、その介入が自国政府によるものとは限らないという問題がある。最終的には、私たち全員が〔現在のデジタル覇権国である〕米国や中国のルールに従わされる事態に陥りかねないのだ。
では、プラットフォーム自らが民主的なルール形成を行うことは可能なのか。この点については、マーク・ザッカーバーグの試みに一定の評価を与えるべきだろう。彼は早い段階から、Facebookのユーザーが自ら集合的に、適切な投稿内容の基準を決定できるような政治制度を構想していた。2009 年には「権利と責任に関する声明」を批准するため、ユーザーによる討議と投票が実際にFacebook上で行われた。さらに 2020 年には、コンテンツ判断に関する独立した最高裁ともいうべき「監督委員会」を発足させている。これらの試みが十分に機能したとは言い難いが、それでも大胆な挑戦であったことは確かであり、将来、別の場所で同様の制度が再び現れる可能性は残されていると私は考えている。
——最後に、2040年頃を見据えた長期的な展望を伺いたい。クラウド帝国の世界地図は、米国一極の再支配、中国主導のデジタル帝国、あるいは多極的なデジタル秩序へと向かうのだろうか?そして、その未来をより開かれ、民主的な秩序へ導くために、どのようなガバナンスや国際協力が必要だと考えるか?
残念ながら2040年において広範な国際協調が重要技術のガバナンスにおける中心的な役割を果たすとは考えにくい。第一に、現在の国家間関係はすでに〔多国間主義から後退し、〕二国間主義と取引主義へと回帰しつつある。第二に、各国政府がグローバルな舞台で自国民や企業の利益を代表する主体として持ってきた正統性が、統治の失敗や権威主義化によって徐々に失われている。
今後の世界は、複数の極が並立する何らかの多極体制、あるいはイアン・ブレマーが「テクノポーラー秩序」と呼ぶ構造へと向かうだろう。そこでは国家と並んで、独自の政治構造と利害をもつ非国家的なテクノロジー主体〔つまり、巨大テック企業〕が国際政治における重要なアクターとして並び立つことになる。非国家的なテクノロジー主体は国家でこそないが、重要資源を掌握する点において、国家と同等の影響力を行使する存在である。今後は従来の国家だけでなく、こうした新しいアクターたちに関しても理解を深め、対等な関係を築く能力が重要となるだろう。
もっとも、それが実現するかどうかは、開発者やユーザーがどこまで境界を越えて組織化できるかどうか、特に地理的境界を越えた連隊が可能かどうかという点にかかっている。クラウド帝国は超国家的な存在であり、一国の内部だけで完結する組織化では十分に対抗できない。その点、日本のポップカルチャーは世界中に熱心なファンを持ち、国境を越えたオンライン上のサブカルチャーを数多く生み出してきた。日本のポップカルチャーは、世界各地のユーザーを結びつける「アイデンティティの接着剤」として、プラットフォームをより多元的な政治構造へと転換させるための、持続的な集団行動を生み出す基盤になりうると考えている。
Vili Lehdonvirta◎経済社会学者。オックスフォード大学教授。ソフトウェア開発者を経てトゥルク大学で博士号を取得。デジタル経済を中心に研究し、デジタル労働市場の分析でとくに高い評価を受けるほか、欧州委員会の専門家グループでも活動した。2024年よりアールト大学教授も兼任。


