経済・社会

2026.02.04 16:15

国家を超えた「クラウド帝国」の世界地図の現在、未来はどうなるのか?(後編)

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だからこそ私が最も望ましいと考えるのは、デジタル中流階級の成長を通じて、専制的なプラットフォームが徐々に政治的多元性を帯びていく展開である。これはいわば、プラットフォームの「王たち」に対して自らの権利を主張する中流階級の誕生だ。

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ターチンの議論は、基本的に「幻滅」に関するものだと私は理解している。つまり、高い社会的地位が得られると期待して育った人々が、実際にはそのような地位が十分に用意されているわけではないという現実に直面し、苛烈な競争にさらされ、体制そのものへの憤りを募らせていく構図だ。

ターチンの議論を聞くと、私が現在取り組んでいる「コンピューティングの産業化」、すなわちクラウドとAIに関する新たな研究分野で生じている動きが想起される。『デジタルの皇帝たち』で描いた、アプリ開発者、フリーランスのアーティスト、オンライン商人といったプラットフォーム経済の熟練職人たちは、いまや技能を奪われつつある。産業化がかつて織工や鍛冶職人をそうしたように、彼らもまた「職人」から単なる「労働者」へと引き下ろされつつあるのである。

残念ながら、これはデジタル中流階級の衰退を意味している。そうなれば当然、プラットフォーム政治が多元化していくという見込みも薄くなる。そしてその過程が「苛烈な競争」と「憤り」をもたらすだろう。それが最終的にどのような政治的形態として現れるのかについては、私自身まだ確信を持てていない。

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——教授はかつて日本のゲーム産業に関わった経験があると伺っている。ゲーム産業は、強力なプラットフォームが存在する一方で、インディーズや中小開発者が共存する、比較的稀有なエコシステムでもある。こうした「ボトムアップ型の第三極」は、クラウド帝国が支配的な現在において、どのような示唆があるだろうか?たとえば、日本のポップカルチャーが国境を越えて支持されている現象を、この文脈でどのように評価するか?

ゲーム業界を取り上げていただきありがとうございます。これはとても興味深い事例であり、確かにゲーム業界は大手のパブリッシャーや配信プラットフォームが支配的な地位を占めているが、その一方でインディー開発者のコミュニティはこれまで一度も押しつぶされず、むしろ新しい表現やビジネスモデルを続々と生み出しながら存在感を強めている。実際、SteamやXboxのような大規模プラットフォームに対して、インディー開発者が重要な譲歩を勝ち取った事例も存在する。こうした点から、ゲーム産業はプラットフォーム上で「ブルジョア的な民主化革命」が漸進的に始まりうる領域として、比較的現実味のある候補だと考えている。

Vili Lehdonvirta◎経済社会学者。オックスフォード大学教授。ソフトウェア開発者を経てトゥルク大学で博士号を取得。デジタル経済を中心に研究し、デジタル労働市場の分析でとくに高い評価を受けるほか、欧州委員会の専門家グループでも活動した。2024年よりアールト大学教授も兼任。

井村凪伯(経済学101)=インタビュー・文

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