「心地良いチーム」は、すぐに称賛を得やすい。皆が礼儀正しく、ミーティングは円滑に進む。誰も声を荒らげたりしない。意見が対立することはめったになく、表面化しても、慎重に取り扱われる。外から見れば健全なチームだ。リーダーは自分のチームを、協力的で、支援的で、働きやすいチームと評する。
しかし多くの場合、そうした評価は実態とはかけ離れている。
心地良さは往々にして、互いへの信頼の証ではなく、困難な対話を避けるやり方の1つとなる。調和は保たれるが、その陰で、物事を明確にする姿勢が犠牲となる。守られるのは雰囲気であって、仕事そのものではない。
時とともに、誠実さは失われる。いきなり消え失せるのではなく、色褪せていくのだ。
心地良さは、率直さを徐々に消し去る
誠実であることを止めようと、意図的に決めるチームはまずない。誠実さは、小さな、一見すると合理的な調整を通じて、徐々に失われていく。率直な意見を述べると、気まずい雰囲気になる。異論を唱えると、明らかに不愉快な様子になる。あまりに直接的な物言いをする者は、「きつい」とか「スマートでない」と評される。他のメンバーは、そうした反応に気づいて順応する。
誰もがその場で自己検閲を始め、フィードバックの言い回しは柔らかくなる。質問は、批判的に聞こえないよう、慎重に投げかけられる。何か懸念があっても、それはミーティング中ではなく、終了後に提起される。多くの場合は、上層部には届くことのない、私的な会話という形をとる。
ミーティングは平穏に進むが、中身は薄くなる。議論の重点は、問題の探求ではなく、合意形成に置かれる。全員の意見が一致しているように見えるが、その是非が検証されることはない。ただ単に、異論もなく通ってしまうだけだ。
やがて、居心地の良さは「プロフェッショナリズム」と感じられ始める。率直さはリスクと感じられ始める。
この時点で、沈黙はもはや偶然ではない。戦略的な行為だ。チームは、発言するタイミングを選ぶ以上に、発言しないタイミングを選ぶようになる。不快な真実を提起するより、調和を保つ方が、確実に報われることを学ぶのだ。



