では、新START失効後、ロシアは「1200発の退役弾頭」の廃棄を放棄し、それらを核備蓄に転用する可能性はあるのだろうか? パイファー元理事はこう説明する。「ロシアはこれらの弾頭を現役の備蓄に戻す必要はない。なぜなら、既に配備可能な戦略核弾頭を実戦配備済みだからだ。私の推測では、ロシアがさらに必要とする場合、耐用年数が切れている可能性が高い旧式の兵器を使用するより、新たな戦略核弾頭を製造するだろう。米国の配備可能な戦略核弾頭の現役備蓄数は、恐らくロシアより多い」
パイファー元理事によると、新STARTの制限が消滅した後、米国は現在搭載可能な数より少ない弾頭を搭載している潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)「トライデントD5」やICBM「ミニットマン3」に追加弾頭を搭載することで迅速に兵器を増強できるという。米シンクタンク戦略国際問題研究所(CSIS)の専門家らは、トライデントD5型ミサイル1基につき「最大12個の再突入体を搭載可能だが、新STARTにより8個に制限されている」と指摘する。射程距離1万2000キロのICBMであるトライデントD5は現在、「耐用年数を60年延長し、2080年代まで配備できるようにする」計画が進行中だ。米国が保有する440基のミニットマン3は最大射程が1万3000キロで、各ミサイルは再突入体を3個搭載できる。新STARTに従うため、各ミサイルは弾頭を1発のみ搭載できるように簡素化されたが、米国は「国際安全保障環境が変化すれば」これを元に戻す可能性がある。
米国のドナルド・トランプ大統領は2025年に政権に返り咲いて以降、核優位を巡る競争の激化を食い止めるため、ロシアや中国との核軍縮交渉を目指していることをたびたびほのめかしてきた。しかし、こうした公約を履行せず、新STARTを歴史の中に消し去ることで、同大統領は自身が切望する将来のノーベル平和賞を獲得する機会を失うことになるかもしれない。
米露の核兵器の大幅な削減を推進し、実現させたのはバラク・オバマ元米大統領だった。2010年4月に新STARTに調印した際、当時のオバマ大統領は「世界の核兵器の9割以上を2つの超大国が保有している」と認め、地球を脅かす核兵器の削減をさらに進めることを誓った。同大統領は「新STARTは重要な一歩ではあるが、長い道のりのほんの一歩に過ぎない」と演説した。新STARTの骨組みを策定していた段階にもかかわらず、ノルウェーのノーベル委員会は2009年、核弾頭の廃絶に向けた同大統領の努力をたたえ、ノーベル平和賞を授与した。受賞に当たり、オバマ大統領は「核兵器の拡散を防止し、核兵器のない世界を目指す」取り組みに一層力を注ぐことを約束した。
同大統領は、独物理学者アルベルト・アインシュタインが提唱した核戦争か平和かという闘いの羅針盤となったが、新STARTに調印した当時のロシアのドミトリー・メドベジェフ大統領はその後、ウクライナを支援する西側諸国を核で脅す宿敵へと変貌した。
ロシアが隣国ウクライナへの軍事侵攻を開始してから1年が経過した頃、メドベジェフ前大統領は記者団に対し、ウクライナを支援する欧州連合(EU)が将来の核衝突をあおっていると警告した。メドベジェフ前大統領の変貌は、ロシアの全面的な変容を映し出している。プーチン大統領がソビエト連邦の再建をもくろむ中、ロシアは「国境防衛」のための核ミサイル配備から、将来の「武力侵攻」の標的を脅かすための“核火炎放射器”としての運用へと軸足を移しつつある。


