7. 5回のビザ申請却下、5ヵ月に及ぶ精神科治療を経て、フォロワー数130万人へ
貧しい家庭に生まれたトイイーブ・アデロダンにとって、教育は貧困から抜け出す手段だった。5歳で初めて奨学金を獲得したものの、経済的な理由で学校を二度中退。米国への奨学金も獲得したが、ビザ申請は5回も却下された。2008年にようやく英国に渡ったものの、留学中に精神的に追い詰められ、5ヵ月間精神科の治療を受けた。「お金も仕事も、安定した住まいもなかった」とアデロダンは振り返る。彼は知人宅を転々としながら建設作業員として働き、30歳で大学に復学したが、クラスで最年長だった。彼は、多くの困難を乗り越えた経験をオンライン上で共有し、フォロワー130万人のコミュニティにまで成長させている。
8. 孤児で露天商から大学を主席で卒業
アネトル・オタイグベは、10代で両親を亡くし、生き延びるために幼い頃から路上で物を売って暮らしていた。高校では二度留年したが、決して諦めなかった。「孤児から、学部を主席で卒業するまでに成長できた」と彼は語る。粘り強く奨学金を獲得した結果、機械工学で首席卒業した。現在はキャリアを積む傍ら、孤児支援団体でボランティア活動にも取り組んでいる。
9. 人脈ゼロから、リンクトインを起点に事業を立ち上げる
セルビアで20歳の大学生だったニコレット・ヤクシャには、人脈も資金も実績もなかった。リモートで収入を得る必要に迫られていたが、従来のビジネスの世界にアクセスする術は皆無だった。「許可なしで足を踏み入れられる唯一の場所がリンクトインだった」とヤクシャは語る。彼女は、公開の場で注目を集める発信のあり方を試行錯誤し、初年度のうちにプラットフォームを事業へと転換した。現在は個人ブランドを確立し、B2B、SaaS、SEO分野の創業者やCEOと仕事をしている。彼女は広告やSNSでの相互フォロー、バズ狙いの手法に頼らず、意思決定者のいる場に居続けることで、人脈を通じて事業を拡大してきた。
10. 親会社の決定が誤りであることを証明するために自宅を売却
ヘザー・ローズは、意欲的な生徒が自宅から高い学力を目指せるオンライン学校「ハロウ・スクール・オンライン」の初代校長を務めた。事業は順調だったが、親会社である教育サービス企業ピアソンが、CEO交代と戦略転換を機に撤退を決断する。ローズはこの判断に異を唱え、自宅マンションを売却して資金を捻出し、「ハイグローブ・エデュケーション」という独自のオンライン学校を立ち上げた。「私たちはすでにハロウ・スクール・オンラインの3倍の規模に達し、急速に成長している」と彼女は語る。ローズ自身、2023年以前に会社経営の経験はなかったが、現在ではケイマン諸島からオーストラリアまで世界各国の生徒が在籍し、優れた成果を挙げている。
今の苦境が成功の布石となる
紹介した十人の創業者の中には、ホームレスになった者、精神科での治療を受けた者、事業が崩壊した者、クレジットカードを限度額まで使い切った者がいる。どれもが事業を投げ出す理由になり得たが、誰も諦めなかった。経済的などん底は、あなたの未来を左右するものではない。それは、後の大成功へとつながる土台にすぎない。さあ、ビジネスを築き始めよう。


