経済・社会

2026.01.31 14:15

近代史の狭間に生きた台湾移民のその後|「海の彼方」「緑の牢獄」

『海の彼方』(c)2016 Moolin Films, Ltd.

『海の彼方』(c)2016 Moolin Films, Ltd.

昨年11月7日の高市首相の台湾有事発言以降、緊張した情勢が続いているが、日本と中国に挟まれた台湾ではどうだろうか。台湾で最も影響力のあるメディア・中央通訊社によれば、対中政策を担当する大陸委員会が発表した世論調査の結果、7割から8割の台湾人が中国の外交圧力や越境的弾圧に反発を示している。他方、高市発言については、主要貿易国である中国を刺激したくないという声も根強いようだ。

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よく知られているように、台湾(中華民国)と日本の間には複雑な歴史がある。17世紀、台湾島を領有したオランダやスペインは、やがて中国の清王朝に駆逐され、台湾は19世紀末まで清の統治下となった。しかし日清戦争での日本の勝利により、1895年から第二次大戦終結の1945年まで、半世紀に亘って日本に併合される。日本統治下では、農業振興政策のもとで各種インフラが整備され、義務教育制度が施行されるなど、急速な近代化が進められた。

戦後、中国では毛沢東率いる中国共産党と蒋介石率いる中国国民党の内戦が激化し、敗北した国民党政府は台湾に渡り中華民国として存続した。それに伴い大陸から来た中国人と日本統治下で生まれ育った台湾人との、アイデンティティの違いも浮き彫りになった。

日本には、植民地時代の台湾で生まれ日本にやってきた移民たちの子孫が暮らしている。1930年代、台湾から30キロの近さにある八重山諸島への農民募集政策によって、パイナップルの栽培に従事していた多くの台湾人が八重山諸島に渡り、台湾村を作ったのが始まりだ。

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戦後一旦祖国に復帰したものの、独裁制に失望し再び八重山諸島や沖縄に戻ってきた台湾人は少なくないという。しかし1972年の沖縄返還まで、彼らは今度はアメリカ占領下に暮らすことを余儀なくされた。台湾移民とは、日清戦争の戦勝国大日本帝国と第二次世界大戦の戦勝国アメリカという、二つの大きな影を背負った存在なのだ。

今回は、この八重山諸島の台湾移民を題材としたドキュメンタリー『海の彼方』(2016)と『緑の牢獄』(2021)を取り上げる。いずれも監督は、1988年台湾生まれで東京造形大学大学院映画専攻にて修士号を取得し、現在は沖縄在住の黄インイク。二作は国内外の映画祭で高い評価を受けた。

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