さて、全体としては和やかな雰囲気の中、台湾移民たちの旺盛な生が開放的なタッチで描かれていた『海の彼方』に対し、同じく台湾移民の高齢女性を7年にわたって見つめ続けた『緑の牢獄』から伝わってくるのは、恐ろしいほどの孤独と閉塞感と死の匂いである。
冒頭、足を引きずって両親の墓に水を備える老婆。西表島・白浜のマングローブのジャングルは木の枝が複雑に絡まり合い、荒れた地面にはわずかに建造物の跡が見られる。ここには戦前、西表炭坑があり、朝鮮や台湾から炭鉱夫として集められてきた人々が、一カ所に暮らしていた。
古びた平屋に一人暮らしの橋間良子(当時90歳)は、生まれてすぐ養女に出され、10歳の時に家族と共に八重島諸島の西表島に渡ってきた。養父の楊添福は元は農夫だったが、炭鉱夫たちの請負業で家族を養っていた。いじめに遭い学校にも行ってなかった彼女が、それまで兄だと思っていた男が将来の夫として決まっていることを知ったのは、13歳か14歳頃だったという。
カメラは、斑のように茶色いシミに彩られ、深い皺が無数に刻まれた良子の顔をアップで捉える。長年風雨に晒されたようなその風貌が、中国語混じりの日本語で断片的に語られる彼女の個人史を、何より雄弁に物語っている。
小児麻痺を患い酒浸りとなった長男はじめ子どもたちとの交流はほとんどなく、三男は行方がわからない。家族写真を見つめながら、「見つからない方がいい。探すほど辛くなるから」。ここまでの悲しい諦観に至るのに、この人はどれだけの苦難を乗り越えてこざるを得なかっただろうか。住居に侵入してくるアリを指先で潰したり、ハコガメを庭に移動したりという一見長閑な日常風景にも、彼女の孤独が滲んでいる。
良子を見守る人々も少数ながらいる。近くの民宿の女主人、募金集めの町内会の人、ヘルパーの若い女性。やりとりからは、良子の子どものような率直さや無邪気さも垣間見える。
一番近くにいるのは、隣の部屋を良子から賃貸りしている若いアメリカ人、ルイスだ。突然日本への移住を決意した父と共に14歳で来日し、関西から流れ流れて一人で西表島まで来た。普段は土方の仕事をしている彼も、「いろんな人が死んでいる」炭鉱跡や白浜の歴史を知っている。
こうしたドキュメントの合間に、戦前の炭鉱夫たちの姿があたかも幽霊のようにマングローブの林の中に浮かび上がる、という演出方法が取られている。褌一丁で働いていた台湾移民の若者たち。宿舎の狭い浴場で体を流し、賭け事をし、木刀を振り回して喧嘩し、森の中に消える若者たち。
食い詰め者が多く、過酷な労働に耐えかね、日本にしかなかったモルヒネ中毒になり、マラリアも蔓延したという。マングローブの生い茂るここは、彼らにとってまさに「緑の牢獄」だった。非人道的な環境で労働意欲を失い「縛られて吊るされてぶたれて」いた「みじめ」なその姿を、良子は目撃している。
植民地時代の台湾出身の良子とアメリカ出身のルイスの間には、隣人ゆえのささやかな交流はあるものの、それが異邦人同士の壁を超えたより親密なつながりに発展することはない。西表炭坑のあまりに悲惨でおぞましい歴史、故郷に帰れなかった炭鉱夫たちの霊が、そうした”心温まる物語”の発生を拒んでいるかのようだ。
本作は、良子の守る楊家の墓のシーンで始まり、同じ墓のシーンで終わる。彼女は家族だけでなく、無念のままこの世を去った西表炭坑労働者の記憶に縛られてこの島で生きてきたのではないか‥‥そう想像すると、忘れられた台湾移民の歴史がずっしりと胸に堪える。


