そのため、自らの弱点を埋める投資ではなく、むしろ、自らの強みを伸ばす投資へと転換すべきだと私は考えている。欧州は、ASMLの露光装置、ノキアとエリクソンによる5Gや6Gのネットワーク技術、SAPの企業管理ソフトウェアなど、世界のサプライチェーンのなかで戦略的な地位を占める技術を有しており、これらの分野においてはグローバルリーダーである。ところが欧州の政策当局自身が、こうした戦略資産の存在を十分に把握していない。
ホワイトハウスがASMLに対し中国への商品販売停止を求めるまで、ASMLの名前など誰も聞いたことがなかった。ワシントンも北京も欧州の戦略資産リストを作っているが、肝心の欧州政策当局がそうしたリストを持っていない。私自身、世界の砕氷船の九割がフィンランドで設計されていることをトランプ大統領がそれを「買いたい」と言い出すまで知らなかった。
必要な政策としては、すでに欧州が世界で優位に立っている分野に投資し、その優位性を守り、強化し、「交渉カード」として活用すべきだ。現実の国際政治・通商交渉はすでにそのような段階に入っている。貿易相手国に対しては「お互いが相互依存の関係にある」という事実を突きつけるべだ。欧州のスマートフォンユーザーが米国のAppleやGoogleに依存している一方で、米国陸軍のロジスティックスはドイツのSAPに依存しているような状況が現実にある。冷戦期の核抑止を想起させるが、これはいわば「相互確証依存(mutually assured interdependence)」の戦略だ。
もっとも、27の主権国家から成るEUでこのような戦略的調整を実行するのは極めて困難だ。各国は、自国に保護すべき戦略資産があるかどうかに関係なく〔産業政策の〕補助金の配分を求め、自国の誇るテック企業がほかの加盟国のために「武器化」されることを望まないだろう。私はこの「強みを伸ばすテクノロジー戦略」は、むしろ日本にこそ適しているのではないかと考えている。日本の政治システムは〔欧州と異なり単一の主権国家であるため〕、理論上は集合行為問題を克服し、戦略的調整を行う力が欧州よりも高いと考えられる
からだ。
Vili Lehdonvirta◎経済社会学者。オックスフォード大学教授。ソフトウェア開発者を経てトゥルク大学で博士号を取得。デジタル経済を中心に研究し、デジタル労働市場の分析でとくに高い評価を受けるほか、欧州委員会の専門家グループでも活動した。2024年よりアールト大学教授も兼任。


