——『デジタルの皇帝たち』では主に欧米のエコシステムが扱われているが、中国もまた決定的な役割を果たしている。中国のデジタル経済は活発である一方、国家統制が強いとされるが、その実態を過大評価すべきではないという見方もある。さらに、ファーウェイの排除とTikTokの浸透に象徴されるように、中国と欧米の関係は「デカップリングと依存」が併存する矛盾した様相を呈している。この状況をどのように理解すべきなのか?
最近、リジー・リウによる『中国Eコマースの政治経済学(仮)(原題:From Click to Boom: The Political Economy of E-Commerce in China)』という非常に優れた本が刊行された。内容としては、いわば中国版の『デジタルの皇帝たち』といえるものであり、オリジナリティを否定する意図はまったくないが、私の著書と驚くほど多くの共通点を見出せる。
リウは、淘宝(タオバオ)などのプラットフォームが、中国国内の制度的な空白を埋める形で登場し、省をまたぐ取引において契約を執行し、財産権を保護するという機能を担ったことを示している。これは、米国のプラットフォームが欧米諸国間の取引を可能にした過程と本質的に同じ構造である。この二冊を併せて読むことで、今日の支配的プラットフォームがいかにして成立したのかについて、かなり包括的な理解が得られるのではないだろうか。
デカップリングと依存が併存する現状について言えば、近年、とりわけ米中間では、複雑で、ときに相互に矛盾しているように見える通商・安全保障政策が相次いでいる。半導体輸出規制、レアアース、TikTokをめぐる対応など、政策は短期間で揺れ動いてきた。
ネオリアリズム的な地経学の観点からは、こうした混乱は一種の「学習過程」と解釈できるかもしれない。すなわち、最近になって安全保障を強く意識し始めた国家が、経済的な鎖を揺さぶりながら、何がどこに結びついているのか、相手がどう反応するのか、どこまで行動の余地があるのかを探っている段階だ。
しかし、政治経済学的な分析も不可欠である。米中の「テック戦争」は、少なくとも一部において、米国テック産業自身の利益によって煽られてきた。マーク・ザッカーバーグは、Facebookを分割すれば中国のプラットフォームに対して米国が脆弱(ぜいじゃく)になると議会で主張した。エリック・シュミットが率いたAI国家安全保障委員会も、規制よりも資金投入を急がなければ中国に敗れると結論づけた。ピーター・ティールのパランティアに至っては、安全保障需要そのものを前提にビジネスが成り立っている。
同様に、中国側のテック産業にも、米中間緊張が高まることで利益を得る主体が存在する。ファーウェイは欧米市場から締め出されたことで、それまで以上に政府との癒着を強めざるを得なくなった。この企業の特異な歩みについては、エヴァ・ドウの『ハウス・オブ・ファーウェイ(仮)(原題:House of Huawei)』が必読の一冊だ。また、リウの著作でも、プラットフォーム企業が政府の政策実現に不可欠なインフラとして中国政治のなかで一定の影響力をもつことが示されている。
同時に、安全保障上のリスクを承知のうえで、関係を強めることにより利益を得たいと考える企業や利害関係者が米中双方に数多く存在する。こうした多様な利害の相互作用こそが、とりわけテック分野において、一貫した国家戦略ではなく、複雑で矛盾した政策が現れる理由を説明している。
なお、私はTikTokを欧米にとって「不可欠なインフラ」とまでは見ていない。MetaのInstagramは主要機能を模倣し、規模・成長率の両面でTikTokを上回っている。かつて模倣される側だった欧米が、いまや模倣する側に回っているという点は、なんとも皮肉だ。


