リーダーシップ

2026.01.31 15:00

生産的なミーティングを取り戻すためにリーダーができること

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パフォーマンスと化したミーティングに疲労感を覚えるのはなぜか

パフォーマンスと化したミーティングは、独特な形で出席者を疲弊させる。ミーティングが延々と終わらないからではない。自分を絶えず監視しなければならないからだ。出席者は発言する時に、自分の口調や立ち位置、リスクに注意を払う。「何を言うべきか」より、「どう受け止められるのか」を気にしてしまうのだ。

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そのため、認知に過大な負荷がかかる。注意力は、議論されている内容と、その周囲の社会的力学とのあいだで引き裂かれる。その結果、ミーティングが終わる時には、達成感は得られず、疲労感だけが残る。

パフォーマンスと化したミーティングはまた、冷笑的な態度を生み出す。結論が事前にわかっていると、ミーティングが形式的なものに思え、熱心に取り組んでも意味がないと感じて、エネルギーを注ぐのを止めてしまう。出席者は黙りがちになり、表面的な関与にとどまるようになる。

皮肉なことに、ミーティングがパフォーマンスと化せば化すほど、組織はミーティングの数を増やしていく。リーダーは、何かが足りないという感覚を覚え、連携するための場を増やして、その不足を埋めようとする。しかし、問題はミーティングの頻度ではない。「本物のミーティング」が行われているのか、ということだ。

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演出された対話によって組織が被るコスト

ミーティングがパフォーマンスと化してしまうと、情報は、上にではなく横に流れるようになる。リスクは、表面化することが大幅に遅れ、悪いニュースはなかなか伝わらない。リーダーは、実態ではなく、磨かれ作り上げられた「最新情報」をもとに決断を下すことになる。

実行力も落ちる。自分が正しく理解しているかどうかを声に出して確認する人が誰もいないミーティングでは、決定事項について、解釈が統一されないまま終わってしまう。責任の所在は曖昧になり、フォローアップは弱まる。

文化もまた、ミーティングで形作られる。新入社員は、ミーティングが何のために行われるのかをすぐに察する。ミーティングは、ともに考える場ではなく、正しくふるまう場だ、と学習するのだ。そして、正直さは状況によって使い分けるものであり、本当の仕事はミーティング以外の場所で行われる、ということを学んでいく。

企業は、こうしたミーティングが重荷になって崩壊することはないが、停滞はする。効率的に体裁を保てるようにはなっても、変化への適応スピードは遅くなっていく。

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翻訳=遠藤康子/ガリレオ

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