ビジネス

2026.01.29 11:15

【KIBOW五十嵐剛志寄稿】インパクト投資は社会を良くしているのか

TensorSpark - stock.adobe.com

「重要性」をめぐる対立

Lehnerらの研究は、インパクト投資のエコシステムを構成する複数組織の事例分析と、専門家へのインタビューを通じて、マテリアリティをめぐる対立が単発ではなく、相互に連動する3層構造であることを描き出した。要点は次の通りだ。

advertisement

1)誰がルールを決めるのか:投資家と起業家の力の非対称

第一層は、交渉力の非対称である。資金を握る投資家は、報告形式やKPI(重要業績評価指標)、データ収集の仕様を事実上決められる立場にある。投資家にとって測定や比較がしやすい指標は、ポートフォリオ管理上の合理性を持つ。だがその合理性が強く働くほど、起業家は「測りやすい指標」に事業を寄せる圧力を受ける。

ここで起きるのが、ミッション・ドリフトの問題だ。社会課題の解決は、現場の文脈や長期の変化に依存する。にもかかわらず、短期で集計しやすい指標が重視されると、起業家の経営判断は「本来の価値創造」ではなく「報告しやすさ」に引っ張られる。投資家側に悪意がなくても、ルール設定の力が偏れば、意思決定が歪む。

さらに深刻なのは、受益者が議論から外れやすいことだ。投資家に対する説明責任は強く求められる一方、受益者に対する説明責任は制度的に弱い。結果として、測定は「投資家のための管理ツール」に近づきやすく、現場の学習や改善につながりにくい。

advertisement

2)何が「正しい」測定なのか:技術的合理性と規範の衝突

第二層は、測定に関する価値観の対立である。投資家は、比較可能性や監査可能性を重視し、技術的合理性に寄りやすい。数値に落とし込める指標、標準化されたフレームワーク、スコアリングは、意思決定を速くし、説明もしやすい。

一方で、社会的価値は文脈依存である。何が望ましい変化なのかは、当事者の価値観や地域の制度、文化的背景に左右される。ここでは、倫理や正義、尊厳といった規範的判断が避けられない。

このとき、基準設定機関や格付け会社、監査法人などの仲介者が重要な役割を担う。しかし仲介者は中立とは限らない。標準化は新しいサービス市場を生み、収益機会にもなる。つまり、標準化の推進それ自体が、特定の価値観を制度化するプロセスになり得る。測れるものだけが重要になり、測りにくい本質が置き去りにされる危険がある。

3)どこを目指すのか:漸進か、変革か

第三層は、世界観の違いである。既存の金融市場の枠組みを前提に、そこで社会課題を少しずつ改善する「漸進的」な立場は、市場拡大と相性がよい。測定も比較的シンプルに設計できる。一方で、構造的な不正義や当事者のエンパワーメントのような「変革」を重視する立場では、成果は複雑で長期にわたり、測定は難しくなる。

この対立は「測定のしやすさ」と「インパクトの本質」のトレードオフとして現れる。どちらが正しいというより、何を目指すかによって、重要性の定義が変わる。だからこそ「誰がどう決めるのか」が争点になる。

次ページ > 日本の現場で起きやすいズレ

advertisement

ForbesBrandVoice

人気記事