経済・社会

2026.02.12 13:30

米気鋭の経済史家が語る「世界経済の見方を変える『スープ的思考』」とは何か?

アダム・トゥーズ|歴史学者、コロンビア大学欧州研究所所長

──すでに国境の一部は消滅し、データや金融の世界では個別の動きがはるかに速く、商品やサービスははるかに増えている。それでも我々がレゴ的に世界を見続けるのはなぜか。

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私たちがレゴを使うのは、それが簡単だからだ。怠惰にも思える。ゆえに、私は「勤勉の倫理」が必要だと言いたい。「その見方にどれだけ複雑度があるのか」という問いを自身に課すことが求められる。スープモデルは比喩的な例えであるが、レゴとスープには大きな違いがあり、経済を考えるときも想像力はそれと同じくらい広げる必要があるのかもしれない。例えば繊維、マイクロチップ、そして自動車について区別するべきだ。この3つはまったく異なるグローバル化の論理で動いている。また、再生可能エネルギー技術、太陽光パネルと風力タービンのグローバルモデル化は全然違う。世界経済についてより確かな見解をたいのであれば、レゴブロックを超えて考え、スープにインスピレーションを得て、麺類や餃子の個々の種類に興味をもち、細部まで深く理解する、というさらに一歩進んだ作業を行う必要があると考える。

米国内「覇権的能力」の崩壊

──レゴ的な世界経済システムをつくった米国という覇権国が内部変革期にあり、それが世界経済にも影響を与えている。 

その通りだ。多極化の世界に突入しているとすれば、ポジティブな要因がふたつ、ネガティブな要因がひとつある。

ポジティブな要因は、一般的な成長と、その世界的な広がりだ。1960年代以降、日本は明らかにそのリーダーだった。そして、中国がある。14億人の人口を擁する帝国の母艦である中国は、史上に先例のない独特の存在だ。

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ネガティブな要因は、アメリカ国内における一貫性の崩壊だ。これは問いにある「覇権(Hegemony)」の言葉に直接つながる。なぜなら、「覇権」は政治学、マルクス主義の理論的正典に由来する言葉で、エリート層が経済成長であろうと国際秩序であろうと、何らかの高次の目的を達するために、従属的な社会集団と複雑な取引を仲介できる能力をもっていることを重要視する。そして、米国で明白に起こったのは、その覇権的能力の崩壊だ。それはトランプ政権ではなく、25年前ドーハ・ラウンドのころにさかのぼる。米国人は今や中国の衝撃について延々と語るが、実際にはNAFTA、WTO、中国の加盟が相まって、米国内の社会契約を崩壊させたのだ。

2000年代以降、オバマ、バイデン、トランプであれ米国は市場アクセスを伴う貿易協定を結べない。国内で必要な票数を確保できないからだ。これは米国内の階級問題、不平等、労働者階級の不満の問題であると同時に、米国指導層内のエリート間の意見の相違の問題でもある。中国はこれまでに見たものとは質的に異なる存在だ。しかし決定的な分岐点は米国内にある。

グローバリゼーションに未来があるとすれば、米国やTPP、ASEANではなく、深い地域統合がどこで実現していないのか自問すべきだ。グローバル化は多くの場合、まず地域統合から構築されるからだ。根本的に実現していない3つの地域は、南アジア、サハラ以南アフリカ、ラテンアメリカだ。

建設的に将来を見据えるなら、グローバリゼーションや統合・投資主導型成長の終焉を宣言するのは時期尚早だ。


アダム・トゥーズ◎1967年、ロンドン生まれ。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで博士号取得。20世紀初頭のドイツ経済や世界経済と政治の変化を研究。著書『ナチス 破壊の経済』(みすず書房)でウォルフソン・ヒストリー・プライズ受賞。他著書に『暴落』(同)、『世界はコロナとどう闘ったのか?』(東洋経済新報社)など。

インタビュー=田中賢治 イラストレーション=ジョエル・キンメル PORTRAIT IMAGE : ROBERTO RICCIUTI (GETTY IMAGES)

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