経営・戦略

2026.02.05 13:15

開拓者、ソニー盛田の「OJT」は「オールド・ジャパニーズ・徒弟制」だった

Adobe Stock

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元ソニー常務である郡山史郎氏は、ソニー創業者盛田昭夫、井深大の側近としてその仕事や生き様を間近で見続けてきた。 郡山氏はソニーを去ったあと、66歳で人材派遣会社の「新入社員」となり、68歳で人材紹介会社を起業し、21年間で約5000人を超える方々の転職をサポートしてきた。

90歳を迎えた氏は、新著『君の仕事は誰のため?』(青春新書インテリジェンス)で「僕はやっと『働くこと』の意味がわかった」と書いている。同書に書かれた、「働くこと」に絡んだ、氏なりの真理とは、盛田氏から学んだこととは。

以下、同書からその一部を転載で紹介する。


「会社は学校じゃない。だから手取り足取り仕事を教えない」

盛田さんはよく「仕事はOJTで身につけるのが一番だ。オン・ザ・ジョブ・トレーニングじゃないぞ。〝オールド・ジャパニーズ・徒弟制度〞だ」と冗談を言っていた。

思い返すと、盛田さんの部下だった私自身も「こうするものだ」と仕事を教わった記憶はない。私から「どうしたらよいでしょうか」と尋ねたら、「ここは学校じゃない」と叱られた。

まだ会社が小さくて、研修制度が整っていなかったせいもあるが、人材育成という発想はそもそもなかった。当時のソニーは猛者たちが集まっていた。勢いのあるベンチャー企業だから、感度が高い優秀な人材が自然と引き寄せられたのだろう。

私も「何でもやれます!」と大口を叩いて入社したクチだ。周囲には意欲とスキルが高い人がたくさんいて、お互いに競い合って仕事に邁進し、自分たちでノウハウを蓄積していった。新入社員だろうと、細かい説明はなく、いきなりアウトプットを求められた。

ベンチャー企業には、踏襲すべき前例がない。しかも井深さん、盛田さんという開拓者が、新しい発想を次々と持ち込んでくる。そんな環境下では「レールの上を走る」という感覚はない。誰もが「レールを敷く」のが自分たちの仕事だと思っていた。

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文=郡山史郎

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