90年の歴史は、絶え間ない「挑戦」と「変革」の軌跡だ。生活に不可欠な穀物を扱う老舗でありながら、営業体制の抜本的刷新やグローバル展開、新規事業へ果敢に挑む昭和産業。伝統に安住するのではなく、時代に合わせてアイデンティティを再定義し続ける、その強靭な進化の力学に迫る。
2026年2月に創立90年を迎えた昭和産業。同社は戦前の食糧不足の時代から、大地の恵みである穀物を加工し、日本の食を支えてきた。現在は小麦、大豆、菜種、トウモロコシ、米といった多様な穀物の調達から、生産、研究開発、販売までを担う「穀物ソリューション・カンパニー」として、独自のポジションを築いている。
しかし、穀物を扱うビジネスは現在、世界的な気候の変化や地政学リスクによる供給不安、為替変動や原料穀物相場の変動などといった極めて難しい局面に立たされている。
過酷な外部環境にあっても、同社が売上規模を保ち、利益水準を崩すことなく事業を継続できている背景には、創業者・伊藤英夫が掲げた「農産報国」という理念を起点とする経営哲学の実践がある。
「『農産報国』は、昭和初期に日本の食料供給を安定させ、国家の安泰を実現するという企業としての使命感を表した言葉です。食が満ち足りてこそ人々の心も安定し、社会も平和になる事実は、時代が移り変わっても揺らぎません」(新妻)
そう語るのは、昭和産業代表取締役会長 新妻一彦(以下、新妻)だ。
新妻が示す「社会の安定こそが企業の存続基盤である」という確信は、精神論に留まらず、実効性を持つ判断軸として経営の細部にまで機能している。日本の食糧インフラを担う企業としての使命感が組織全体に浸透しているからこそ、有事においても現場に迷いが生じない。この一貫した企業姿勢が意思決定を加速させ、結果的にステークホルダーとの強固な信頼関係と、強靭な収益基盤の維持を両立させている。
価格高騰と震災で示した覚悟
21年から22年にかけての原料穀物価格急騰時、昭和産業は商品価格の改定を断行した。背景にあったのは、穀物インフラを維持し、供給網を停滞させないための戦略的かつ厳しさが求められる経営判断だ。原料調達や物流機能を担保する適正な原資の確保こそが、不測の事態においても「日本の食を守る」という不変の使命を果たす唯一の道であった。当時の決断を、新妻は次のように振り返る。
「値上げの際、社内外から多様な意見が寄せられましたが、最終的には供給を途切れさせないことを最優先しました。目先の収支改善を目的とした価格転嫁ではなく、供給責任を全うするための継続投資。短期的な利益の追求よりも、長期的な信頼と供給の安定を守ることが、昭和産業が貫くべき経営の本質であると考えた結果です」(新妻)
現場における判断の速さも、共通の価値観に支えられている。東日本大震災の際、営業部次長として糖化製品の販売を担当していた現・代表取締役社長執行役員 塚越英行(以下、塚越)は、関東圏への糖化製品供給を支える主力拠点である鹿島工場の被災報告を受け、異例の判断を下した。
「震災直後、多くのお客様から納入可否に関する確認の連絡をいただきました。工場の復旧見通しが立たないなか、自社での対応に固執すれば、お客様の製造ラインを止めてしまう恐れがある。そこで、弊社からの供給は不透明な状況であるとお伝えしたうえで、他メーカーへオーダーをお願いしました。供給責任を果たすためには、自社で案件を抱え込まないことが最善の選択だったのです」(塚越)
通常、自社製品の解約に繋がりかねない他社推奨は、現場として判断を躊躇するのが常だ。しかし、顧客の原材料確保を最優先し、即座に身を引く決断を下した点に、昭和産業の経営方針が凝縮されている。ステークホルダーとの信頼を基盤に「穀物ソリューション・カンパニー」としての地位を確立した同社。だが、将来の展望を語る新妻と塚越の言葉には、強い危機感が滲む。
「今後の日本における最大の課題は、少子高齢化に伴う国内需要の減少にいかに対応するかです。これからも使命を果たし続けるためには、成長領域への投資を加速させる必要があると考えています」(新妻)
持続的な成長に向けた活路のひとつが、グローバル市場への本格参入だ。2026年3月には、ベトナムに建設したプレミックス製造の新工場が稼働。急成長を遂げるASEAN市場への供給体制を強化した。
「現地生産による安定供給のみならず、日本産の小麦粉や加工品の輸出にも注力し、アジアや欧米で『SHOWAブランド』を確立したい。グローバルな視点で日本の食文化を発信し、世界の食卓を豊かにすることも、私たちが新たに背負うべき使命です」(塚越)
「ひと粒の可能性」から広げる新たな価値
経営の現場で辣腕を振るう塚越は、組織改革と事業変革へと踏み込み、自社の仕組みそのものを再設計している。2026年度、昭和産業は新たなグループ経営理念「ひと粒の可能性から、価値をひろげ、日々の幸せを共につくる。」を掲げた。
「大地の恵みである穀物の一粒ひと粒の可能性を信じ、多様な個の力を合わせて新たな価値をひろげていく。不確実性が増すなかで、安定供給と価値提供を両立するには、組織と事業を未来仕様へ再構築する必要があります。行動指針に掲げた『誠実。』『本質。』『共助。』『打破。』『研鑽。』を判断基準とし、社員一人ひとりが挑戦し続ける文化を根付かせていきたいと考えています」(塚越)
変革の具体策は、事業間シナジーを最大化させるワンストップ営業体制の構築や、オレオケミカル・ファインケミカル分野での新規事業推進に表れている。顧客ごとに最適なソリューションを提案する体制への移行により、複層的な原料提案を通じた付加価値の創出を支援。さらに、製油副産物をアップサイクルしたバイオ燃料事業への進出など、食の枠を超えた価値創造に挑む。
こうした循環型経済への寄与は、創業以来、副産物を飼料や土壌改良材へ再利用し、99.9%(※過去5年間の平均)という高い循環効率を実現してきた実績の延長線上にある。穀物のポテンシャルを余すことなく使い切る合理的な仕組みは、今や持続可能な社会を実現するための有力なソリューションへと進化した。
変革を実効性のあるものとするため、塚越は自ら各拠点へ赴き、現場との対話を重ねる。理念にある「ひと粒の可能性」は、穀物のみならず、現場の社員一人ひとりが持つ潜在能力の解放をも指し示している。
人口減少という構造的な課題に直面しても、人の営みがある限り、食の重要性が揺らぐことはない。日本で唯一無二の穀物ソリューションを磨き続けてきた同社が生み出す価値は、国内に留まらず、世界の食卓と持続可能な未来を支える基石となっていくはずだ。
にいつま・かずひこ◎昭和産業代表取締役会長。福島県生まれ。明治大学卒業後の1981年、昭和産業入社。広域営業本部長、製粉部長などを歴任し、2016年代表取締役社長に就任。2023年より現職。
つかごし・ひでゆき◎昭和産業代表取締役社長執行役員。群馬県生まれ。慶應義塾大学卒業後、協和銀行入行。1992年、昭和産業入社。福岡支店長、経営企画部長を経て、2023年より現職。



