年頭にあたり幸福とは何か、に思いを巡らせてみた。日本人の幸福度が世界的に低いと話題になっているからだ。「世界幸福度報告書」によると、日本の幸福度は147カ国中55位だ。
古今東西、幸福を巡る逸話や思索は数多い。例えば、徳川家康は幸福であったか。「人の一生は重荷を負って遠き道を行くが如し」と言い残している。皇帝に上り詰めたナポレオンは、絶海の孤島で寂しく一生を終えた。家康もナポレオンも、幸福でもあり不幸でもあったとしか言いようがない。
日本は世界トップクラスの長寿大国にして経済大国である。年間数千万人の外国人が訪れる魅力的な国であり、治安は世界最高レベルといわれている。そこに住む人々の幸福度がなぜここまで低いのか。武力紛争の絶えないイスラエル(8位)よりはるかに不幸で、最近まで血で血を洗うような民族対立の渦中にあったボスニアヘルツェゴビナと同程度の幸福度である。
理由としてよく指摘される点が、低成長が長く続いて賃金が思うように上がらず、足元の生活が窮屈になっていること、将来になかなか希望がもてないこと、雁行型経済のリーダーであったのに今やそれらの国々にも追いつかれ追い抜かれていること等々である。もちろん、いずれもその通りだ。しかし、これら以外にも潜在する大きな要因があると思う。
まず、国の借金がものすごい勢いで増加し減少する気配がないことである。プラザ合意のころにもすでに233兆円だったが、今や1500兆円に迫っている。6.5倍にも膨れ上がった。この間のGDPの伸びはわずかに1.7倍だ。マクロ統計だからといって他人ごとではない。国民一人当たりで見ると、収入は280万円から450万円に、半面、借金は▲192万円から▲1200万円に、である。家計に当てはめたら破綻ではないか。いろいろと楽観論もあるが、若い世代にとってはとりわけ不安であろう。子どもを大勢つくれと言われても、こんな危ない財務内容の国では無茶だ、と感じるのもわかる。
次に、老人に冷たい社会になったことだ。60、70代の人たちは、40年以上、馬車馬のように働いた挙げ句、年金支給は逃げ水のように先送りされ、もらえても悠々自適どころではない。好むと好まざるとにかかわらず死の寸前まで働かざるをえない。医療費負担はいや増すばかり、介護保険も高い。うっかり資産をもっていると相続税は上昇の一途。友人が愚痴る。「免許証更新には高齢者講習が必要だが、1万2000円も取られた。更新料と合わせて1万5000円、年寄りは邪魔なんだ。嫌な世の中だね」。
これらとは別の側面で日本人の不幸感を高めているのが、戦争と無縁でいられた「幸運」である。私の世代は、毎夕食のごとに親から戦中戦後の話を聞かされ、米粒ひとつでも残したら目が潰れると説教されていた。駅前では傷痍軍人が不自由な体でアコーディオンを弾きながらカンパを求めていた。学校では平和であることの幸せを叩きこまれていた。80年間にわたって戦争と無縁の時が流れ、平和が所与なので幸福感のレベルが高くなり、不満足度が上がっている。



