人間の集合知を拡大させる
──養蚕を行うファームの設備には「環境制御・センサー・ロボティクス」や「桑刈り自動ロボ」などのキーワードも並んでいました。
北野:蚕や桑の生育をセンサーやカメラで常にモニタリングして、ある程度の作業はAIシステムで自動対処できるようになると思います。これまで人がつきっきりで行っていたファーム内の作業、例えば、温湿度調整や雑草の駆除、動く蚕の世話などをロボティクスに任せたり、将来的には、AIが収穫や給餌のベストタイミングを算出してくれたりもできるようになるかもしれない。ただし、人の力がまったく不要になるとは思っていません。
なぜなら、生物を扱う以上、当面は、経験を積んだ人にしか対処できないレアケースは必ず起こるから。これは自動運転がなかなか完全実用化されない現状と似ているのですが、いきなり子供が飛び出してきたり、信号無視をする歩行者がいたり、予期せぬトラブルが結構な確率で起きますよね。そうした例外を最初から全部AIに学習させて、対処を任せるのは現実的ではないので、人の知恵で対処しながらAIを学習させることで、安定的に生産量の拡大が可能になります。このように何十倍、何百倍にスケールさせるためにテクノロジーを使う、という考え方です。
細尾:まさにそこが重要で、このKYOTO SILK HUBでの試みは「フューチャークラフト」だと思っているのです。今まで人が積み上げてきたクラフツマンシップをテクノロジーによってさらに深めて、今の時代にしかできない工芸性をどう追求していくかという。やっているものづくりの構造自体は、実は昔と変わらない。
北野:人の作業を減らすのではなくて、人にはできないレベルにもっていきたいですよね。今までにないクオリティとサステナブルであることを実現するために、これまでにない技術を使ったら何ができるかを考えていきたい。
細尾:これまでの養蚕の歴史でいろいろな人が積み重ねてきた集合知を一気に進化させていく。その意味は大きいと思っています。
──「ここだけは人にしかできない」と決めている役割はありますか?
細尾:糸の評価ですね。最終的に、織物としての良さや美しさを決めるのは、これからも人の仕事だと思っています。
もちろん、糸の白さや伸縮性など、数値で判断できる部分はあります。でも、それとは別のところで、人が感動するものには、美しいもの独特の“気配”がある。どう違うのかと言われると、なかなか言葉にしづらいのですが、やっぱり良い悪いってあると思っています。
北野:それは、よく分かります。私はオーディオが好きで、色々研究してるのですが、例えば、スピーカーを評価する場合でも周波数特性や遅延特性といった数値を細かく測って出てくる「正確で高品位な音」とは別に、特性的には難ありだけどなんとも「味のある音」というものがある。数値では測れない、人間の好みや癖みたいなもの。それは人の感応評価でしかわからない。
もちろん、すぐに切れてしまう糸では製品として論外ですが、たとえば光沢の出方が違うとか、「味のある糸」には、これまで想定していなかった新しい用途が見つかるかもしれない。それは、多様性でもあるし、面白さでもあると思います。
細尾: 昔に比べて、道具やその使い方は格段に進化しています。でも、人が判断し、道具を使って自分の感覚や身体を拡張しながら、「良いもの」が生まれる確率を高めていく。その「美を求める構造」自体は、実は昔から変わっていないのかもしれませんね。


